朝陽が部屋に差し込んできたのを感じて、ゆっくりと目を開ける。深い海から浮き上がってきたような気持ちだった。なにか違和感を感じて顔に触れると、頬が涙で濡れていた。俺は泣いていたみたいだ。にじんだ視界で、なんとなく両手を広げて見る。まだ、手に彼の熱が残っているような気がした。
遠くで玄関のベルの音がする。今すぐ起き上がる気分になれなくて無視しようと思ったけど、あまりに何度も鳴るので、仕方なく体を起こした。床に転がっていたジーンズだけ適当にはいて、シャツはめんどくさくなってそのまま床に放り投げ、玄関に出る。ドアを開けると、そこに立ってたのは、また、イギリスだった。
「うわ、お前、服着てねーじゃねーか。今起きたとこか?」
「……なんだいこんな朝に」
「いや、ただ、昨日お前なんか変だったから心配になって。電話しても出なかったし。……お前が元気なら、別にいいんだ」
イギリスはちょっと照れくさそうに笑った。余計なお世話だ。君が気にすることじゃない。こんな時間に来られても迷惑だ。そんな彼を傷つける言葉はいくつも思いつくけれど、喉のあたりで詰まって、声にならない。だってイギリスが俺のことを死ぬほど心配する姿は簡単に想像できるんだ。どうせ、その目の下のクマも、昨日帰ってからあれこれ俺について考えて眠れなかったからなんだろ?
すると、イギリスが下から、俺の顔をのぞきこんで、不思議そうな顔をした。
「なんだ、お前、目が……泣いてたのか?」
「……イギリス」
近づいた彼を、俺は抱き寄せた。イギリスは驚いたみたいだったけど、すぐに俺に身を任せるように力を抜いた。彼の体は夢よりも硬い。彼の金髪は夢よりもくすんだ色で、ごわごわしている。仕立てのいいスーツは裸で抱きしめても気持ちがよくない。ここは俺の家の玄関だし、空には虹も出ない。そして何より、彼の心を占めているのは俺じゃない。何もかもが、映画のハッピーエンドの条件にはほど遠いんだ。
それでも俺は、しがみつくように彼を抱きしめる。イギリスは、俺の背に手を回すと、優しくさすってきた。
「どうした、怖い夢でもみたのか?」
ほら、君はやっぱりこれだ。俺は5歳の子供じゃないんだよ。俺が涙を流す理由なんてきっと君には一生わからないだろう。
「……違うよ、イギリス。逆だよ。夢が幸せすぎたんだ」
そう答えると、腕の中の彼が身動きをして、ちょっと笑ったのがわかった。
「そりゃよかったじゃねぇか。どんな夢だよ」
今みたいに、誰にも見られずに、誰にも邪魔されずに、君を抱きしめる夢だ。でもあれはただの、俺がみた夢だ。だから俺は君のシャツの下に手をすべりこませたりはしない。代わりに俺はイギリスの耳元に、小さな声で、囁いた。
「君には、教えられないよ」








Apr.12.2009

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