※「夢で逢えても」の10秒後くらいです
* * * * * * * * * * 「…コーヒーしかないけど、飲むかい?」 俺は反射的に「あ、ああ。じゃ、頼む」と答えた。そういえば俺、昨日の夜あれから家に帰ってもろくに眠れなかったし、夜が明けてとりあえず着替えてすぐアメリカの家まで飛んできたから、朝食のことなんかすっかり忘れてた。 アメリカは「紅茶じゃなくていいのかい?」なんていういつもの軽口は返さず、「うん」とだけ言って背を向けたので、俺はそれに続いてアメリカの家に入り、後ろ手にドアを閉めた。 前を歩くアメリカはふらふらとキッチンに入って行く。寝起きで、まだ目がよく覚めてないんだろうか。だから寝ぼけて俺に抱きついてきたりしたのかもしれない。 それにしてもああやってアメリカから抱きついてくるなんて、いつ以来だろう。何百年前の、まだアメリカが俺より小さかった頃にしか、あんなスキンシップは存在しなかったような気がする。そう思うと感慨深いな。あんなふうに振る舞われると、最近経済だとかで何かと不安なことも多いだろうから、やっぱこういうときに俺がそばにいてやらないとな…他に頼れるやつもいないだろうし…なんてことを思ってしまう。 アメリカがキッチンでコーヒーを用意している間、俺はなんだかいつもと違うアメリカの様子に落ち着かなくて、リビングの中をうろつき回った。だいたい、俺がこんな朝早く来たことにもアメリカはまだ何も言わないし、昨夜は話の途中で急に怒って俺を追い出したくせに、今朝は怒ってる様子もない。いつもなら顔会わせたらすぐに文句のひとつやふたつ、いや、みっつやよっつは、言いそうなもんだけどな。 文句を言われたいわけじゃないが、いつものような反応が欲しくて、試しにテレビの前に散らかっているゲーム機について 「お前またゲーム出しっ放しじゃねぇか…コード危ねぇぞ」 と注意してみるが、キッチンにいるアメリカからの返事はない。 どうしたのかと思ってキッチンをのぞくと、アメリカは俺に気づかず、ケトルを沸かす火をじっと眺めていた。その姿は何も考えていないようにも見えたし、何かを一心に考え込んでいるようにも見える。それを見て俺の心はますますざわついた。 アメリカに声をかけることもできず、かといってソファに座って待つのも落ち着かなくて、勝手にリビングのサイドボードの上に並べられた写真立て(そこにもちろん俺の写真はない)の位置を直したりしていると、ふと、廊下の床にシャツが落ちているのが見えた。アメリカの家は特別散らかってるわけじゃないけど、こういうとこはやっぱりガキだよな、と思う。 シャツを拾いに行くと、ドアがあきっぱなしのベッドルームが見えた。何度も訪れて勝手知ったるアメリカの家だからついでにドアを閉めるだけのつもりだったが、そのとき視界の端にちらりと、ベッドサイドに置いてあるピンク色の物体が映った。なんだ、あれ?電子レンジに見えたんだが。 アメリカはまだキッチンにいるだろうから、こっそり部屋に入ってみる。これは別にガサ入れとかじゃなくて、純粋な好奇心だ。それだけだ。別にベッドの下を覗いたりするつもりはないんだし。 『その物体』は近くで見てみても、どう見ても電子レンジだった。なんでこんなところに置いてあるのか、意味がわからない。寝る前や起きた後すぐ食べられるようにか? あいつの食欲はキッチンまで行くのも面倒なレベルにまで達してるのか? だいたい、電子レンジって爆発しそうだから、ベッドサイドに置いておくのは危険なような気がする。 それにこの、ピンク色っていうのが趣味悪ぃよな…。この色といい、こんなとこに置いてあることといい、まさか、あいつ、この電子レンジを本来とは違う、とんでもない使い方で遊ぶんじゃ……と急に浮上しきた自分の中のいかがわしい妄想を、俺は慌てて打ち消した。いや、アメリカに限って、そういう性癖はないと思う。でも、あいつも俺が育てたわけだから、そういう部分がないとは言い切れないかもな…。 悩んでいるうちに、ふと見ると、ガラスの扉越しに、中に俺が昨日やったスコーンの包みが入ってるのが見えた。ここにあるってことは、スコーン、昨日寝る前に食べたんだろうか。なんだかんだいって、俺を怒って追い出しておいても、スコーンは食べてくれたんだな…と思うとちょっと胸が熱くなる。それに電子レンジがちゃんと本来の「食べ物を温める」という使われ方をしてるみたいなので安心した。やっぱ、そうだよな。あいつ食うの好きだもんな。ただ、寝る前に食べるのは感心しねぇな。今ですらメタボが心配なのに、あれ以上太ったらやばいだろ。 でも、さっき久しぶりに見たアメリカの身体は、腕なんか俺よりずっと太くて、胸板もたくましかった。服を脱いでいたせいか、メタボ予備軍とはいえ、筋肉がついてるのもいつもよりもはっきりわかった。見た目から言ってアメリカが俺より大きくてたくましい体型なのは明白だけど、ああやって抱きつかれたときにすっぽり腕の中に収まってしまうと、兄としてのプライドがちょっと崩れるよな。身長は仕方ないとしても、やっぱもう一回筋トレすっか…。 そんなことを考えながら、なんとなくスコーンをいくつ食べてもらえたのかが気になって電子レンジの扉を開けた俺は、その中に紙袋と一緒にトレイの上に乗っていたものを見て、一瞬にしてフリーズした。 「イギリス?どこ?コーヒーはいったよ」 「あ、ああ、今行く!」 廊下からアメリカの声がして、意識を取り戻した俺は慌てて電子レンジの扉を閉めた。勝手にベッドルームに入ってるのがバレたらやばい。とりあえずこの部屋から出ようと思ったら、俺を探しにリビングから出てきたらしいアメリカとドアのところで鉢合わせした。 「うわぁああ!イギリス、何勝手にひとのベッドルームに入ってるんだよ!君はプライバシーって言葉を知らないのかい?!」 アメリカが血相を変えて怒鳴ってくる。やばいやばいやばい。そりゃさっきはいつもの調子に戻ってほしいとは思ったけど、こんな原因で怒られるのはごめんだ。 「ち、ちげーよ、ただ、廊下にシャツが落ちてたから拾ってやろうと思っただけで、そしたら、たまたまドアが開いてたから」 自分で言うのもなんだけど、これ、全然弁解になってねえな…。 「だからって中に入る必要はないだろ?!信じられないな!」 「ただちょっと気になってのぞいただけだ!別になんも触ってねえよ!そんな怒るなって!」 「気になったって……何がだい?」 アメリカが眉をしかめる。 「だから、その…それ、ベッドサイドのそれはなんなんだよ」 「ああ、これ?これは……君、知らないの?」 「見りゃわかるよ、電子レンジだろ」 「まあ、そうでもあるけど…」 「こんなベッドの近くに電子レンジ置いて、爆発したら危険だろ」 「電子レンジを爆発させるのは君くらいだぞ」 アメリカの声のトーンはさっきよりだいぶ落ち着いてきたけど、今度は嫌味っぽく俺の弱みを責めてきた。 「別に爆発しなくても!普通にキッチンに置けばいいじゃねぇか」 「キッチンには別のがあるからいいんだよ。だいたいここで料理するわけでもないしね」 「じゃあ、これは、何でここに置いてあるんだよ。……まさか、お前……いや、性癖っていうのは個人の自由だと俺は思うけど」 用途が料理じゃないとすると…と考えて、さっき必死に押さえた危うい想像が脳内で勝手によみがえってしまう。まさかとは思うけど、一応フォローしておかないともしもそうだった場合にアメリカがかわいそうだと思ったからだ。 「…イギリス、言っておくけど、君と違って俺は変態じゃないから、電子レンジに性的興奮を覚えたりしないよ」 見あげると、アメリカが腕を組んで、ものすごい冷めた目で俺を見下ろしていた。というか、なんで俺の妄想がこんなにすぐバレたんだろう。 「いや、ただ俺は、ベッドサイドに電子レンジはおかしいって思っただけで」 「だからって君みたいになんでもかんでも無機物までセックスの対象にはしないよ。本当に君って、そういうことしか頭にないんだね」 アメリカは心の底から呆れたというような深いため息をついた。 「さっきから、俺が変態みたいに言うなよばかぁ!俺だって電子レンジとやったことなんかねぇよ!」 「でも君はやろうと思えばできるんだろ?」 「やんねえよ!」 アメリカは怒りの反動でもうとことん俺をコケにするつもりだ。確かに部屋に入ったのは悪かったけど、でも、俺がいかに変態だっていう話を今これ以上続けられるのもいたたまれない。とりあえず何か別の話題を探して部屋の中を見回した。 「……あ、そうだ、お前さ、俺のスコーン、寝る前に食べるのはやめとけよ。これ以上太るとやばいぜ」 「いや、別に食べようとしたわけじゃないよ……というより、君、まさか、電子レンジの中も見たのかい」 うわ、まずい、自爆した。 「……だって扉が透明なんだから仕方ないだろ」 「扉も開けたのかい」 「別に、電子レンジの中見られたって、普通は構わないじゃねぇか」 「俺は、扉を開けて中を見たのかって聞いてるんだよ」 「ああ、見たよ!じゃあ、なんなんだよ、あの俺の写真は」 さっき扉を開けたら見つけてしまった、あまりの予想外な出来事につい頭がフリーズしてしまった、ご丁寧に切り抜いてある、いつだかの俺の写真だ。 「ほんっとに、信じられないな!勝手に人のベッドルームに入った挙句に、電子レンジの中まで見るなんて…!!」 アメリカはオーマイゴッドと言わんばかりに両手で顔を覆い、また何度目かのため息をついた。 「わざとじゃねえよ、たまたまだ!それより、なんで……俺の写真が電子レンジにはいってたんだよ。電子レンジに写真いれる意味がわかんねぇよ」 勝手に見といて逆ギレかもしれないけど、この際、聞いてしまう。だって普通、気になるだろ? 「………」 「しかも、わざわざ、あんなふうに切り取って。一体なんなんだよ」 アメリカは視線を床に落としたまま、答えない。答えはもちろん気になるけど、とりあえずさっきの変態呼ばわり攻撃のときよりはちょっとアメリカより優位に立てた気がして、俺はほっとした。 「あれは…………そう、呪いだよ」 「へ?呪い?」 しばらく黙ったあとに急に呟いたアメリカの答えが意外で、間の抜けた声が出てしまった。 「……君があまりに鬱陶しくて仕方ないから、君がスコーンに押しつぶされて電子レンジで爆発するように、呪いをかけてみたんだよ」 アメリカはそう言いながら、俺の腕をつかんで廊下に引き寄せて、ベッドルームのドアを閉めた。 「呪いって……そんな方法じゃ呪えねぇよ。俺を呪うんだったら、まず人形の中に俺の髪の毛を入れて、」 「ああもう、呪いの指導は聞きたくないよ!とにかくあれがアメリカン・スタイルの呪術なんだよ。君の家みたいな古くさい、暗闇で鍋をかき回すのはもう流行らないんだ。今はデジカメと電子レンジの時代なんだよ。だからイギリス、もう、今日は帰ってくれないか」 アメリカはそのまま俺を玄関まで押し出そうとする。すこし抵抗してみるものの、残念ながらアメリカに力で勝てる気はしない。 「待てよ、お前、さっきコーヒー飲んでけって言ったじゃねぇか」 「気が変わったんだよ。もう君とは顔を合わせていたくないね。だいたい君はコーヒーが嫌いなんだし、別に飲まなくていいじゃないか。ほら早く!もう帰ってくれよ!」 結局、そのまま俺は押されて簡単に外に放り出されて、ドアを閉められてしまった。やっぱり筋トレ諦めるんじゃなかった…。 そのまま玄関前に立ち尽くしていると、急にドアが開き、アメリカの顔がのぞいた。 「あ、ちょっと待って、イギリス」 「なんだよ」 できるだけ不機嫌そうな声で答える。アメリカ、まだ今なら、俺だって気を変えてやらないこともない、お前のコーヒーを我慢して飲んでやらないこともないんだぞ!するとアメリカは俺の手元を指差しながら、 「俺のシャツ、返してくれよ」 と言った。ふと自分の手を見ると、さっき廊下で拾ったシャツを、無意識のままずっと持ってたらしい。汗をかいた手で握りしめていたせいで変な皺のついてしまったシャツを差し出すと、アメリカは無言でそれをひったくって再びばたんとドアを閉めた。おまけに、カチャッと中から鍵を閉める音もした。 いや、もともとアメリカの顔だけ見て帰ってくるつもりだったんだから、別に今更追い出されたところで大差はない…今までもこんな待遇はよくあったじゃないか、もっとひどいことだってあったじゃないか、と必死に自分をなぐさめようとするが、どうも気分は晴れない。 玄関のポーチを出たところで振り返り、キッチンの窓を見た。そこにはアメリカの姿は見えない。さっきキッチンで、ケトルをわかす炎を見ながら、アメリカは、何かを考えていたんだろうか。 あの空色の目は炎よりずっと遠くを見ていたようにも見えた。俺からは見えないところを。 それに結局、あの写真の意味はなんだったんだろう。あんなので呪えるわけがないけど、アメリカがそう言ってるからにはそうなんだろうか? というか、俺を呪うって、どういうつもりだ? 俺そんなに嫌がられるようなこと最近あいつにしたか?そりゃちょっと昨日言い争いはしたけど、別に俺があいつのことを悪く言ったわけでもねぇし。わけがわからない。 とりあえずわかったのは、あのバカでガキで単純なアメリカにも、俺にはよくわからない部分があるってこと。それだけだ。 言い争いで疲れたのか、アメリカの家を出て気が抜けたのか、ふと気づいたら腹が減ってきた。マックにでも寄ってくか。そうだ、あと、おととい会ったばっかりだけど、日本に電話しよう。「アメリカが何考えてんだかわかんねぇ」って相談すれば、日本は絶対マジメに相手してくれるし。俺が落ち込んでたらまたすぐに会ってくれるかもしれない。 そう決めると、俺はなんとなくもう一度アメリカの家を振り返って、キッチンの窓を見た。その窓にはもう、カーテンが閉められていて、中を見ることはできなかった。 Apr.25.2009 * * * * * * * * * * ↓↓おまけのおまけ 「はい、もしもし」 「ねえ、日本!!今すぐユメミラレールを電子レンジ型から他の形に変更してくれよ!!」 「朝からどうしましたか、アメリカさん…」 「あと、イギリスにはユメミラレールのこともう絶対に話さないで!!」 「は、はい、わかりました…。ええと、いずれにせよ、現在試作品がニンテンドーDSサイズまで小型化されてますので、すぐにそちらをお送り致しますよ」 「えっ、そうなのかい!?」 end. |