幻怪逢瀬ランデブー





 今日は土方さんは遠出してるし、見廻りも疲れちゃったし、もうこのあとはトサカくんの家に寄って甘味処にでも誘おうかな、トサカくん今日バイトだったっけ―――と考えながら僕が昼下がりの京の街を歩いてると、角で急に飛び出してきた人にぶつかった。

「いったいな〜、もう……」

 前見て歩いてよ、と言いかけて、その飛び出してきた相手がトサカくんだったことに気がついた。僕はよろめいただけで済んだけど、トサカくんは見事に地面に転がっている。
 トサカくん、ちょうど家に行こうと思ってたんだよ、すごい勢いで転んだけどだいじょうぶ? ―――と言おうとしたけど、上半身を起こしたトサカくんを見て言葉がでてこなかった。なぜかって、それがいつものトサカくんじゃなくて女の子だったからだ。いや、どこからどう見てもトサカくんなんだけどさ。

 ボサボサの頭もいつも通りだし、着物だっていつもの赤いのだし、どう見たってトサカくんだよ。でもなんでだか知らないけど、体つきが、というか着物の胸元がいつもの調子で全開だから、いつもはくっついてないはずの脂肪の塊がふたつばっちり見えてる。うわ。僕そういう風に見せられると逆に引くんだけど。
 トサカくん(おなご仕様)はぶつかった相手が僕だとわかると、「おお!ソウち…」といつもよりちょっと高い声で言った後、なぜか苦しそうに言葉に詰まって、「……あ、えーと、違うぜよ……知らない人ぜよ!」と言ってきた。

「はぁ? なにそれ。何の遊び?」
「あ、遊びじゃないぜよ! わしは……」

 トサカくんは何か言いかけて、また黙ってしまった。ふーん。なんだか知らないけど、僕のこと知らないふりとか、そんなひどいことよくできるね。そっちがそのつもりだったら、僕だって対応を考えるからね。
 僕は転んだトサカくん(おなご仕様)が立ち上がるのに手を貸して、ついでに乱れた襟元を整えてあげて、「ごめんね、大丈夫だった?怪我はなかった?」と、とびっきりの愛獲笑顔で微笑んだ。雷舞会場なら今ので煌が相当数は失神するよ。
 トサカくんは失神はしないけど、顔を赤く染めて、首を縦に振った。

「し、親切な人じゃのう!」

 まだ知らない人の振り? なにこれ、ドッキリか何か? どうせこの体だって、またメガネくんの変な発明のせいなんでしょ。事情は知らないけど、トサカくんのくせに僕をひっかけようとしてるとか、ほんとに腹立つんだけど。これで僕が騙されたらスカシくんが「やーい沖田ひっかかってやんの!それは龍馬だよ!」とか言いながら陰から出てくるんでしょ、と思って周囲を見回したけど、誰も出てくる気配はなかった。この茶番、いつまで続けるつもりなの? そっちがまだなにか仕掛けてくるっていうなら、僕ももう少し騙されたふりをしてあげてもいいけどさ。
 そして目の前のトサカくんは顔を真っ赤にして、何か言いたいのか、口をぱくぱくさせている。金魚みたいでおもしろーい、と思っていたら、トサカくんのおなかがぐううう、と鳴った。

「そうだ、転ばせちゃったおわびにそこの甘味処で苺慶喜おごってあげるよ」
「……え、ええのか?」
「うん。今日は見廻りも終わったからね〜」

 どうせ元々トサカくんをデートに誘うつもりだったしね。僕はトサカくんのいつもより細い手を引いて歩き始めた。
 最近お気に入りの甘味処に着くと、隅のほうの席に通してもらい、苺慶喜を二つ頼んだ。普通だったら女の子と二人でお茶してるなんて煌に見つかったら大変な騒ぎになりそうだし、土方さんにも怒られちゃいそう。でも今のトサカくんは一応性別は女だけど、男物の着物はぶかぶかでみっともないし、髪はぼさぼさで葉っぱや小枝がいっぱいついてるし、顔も泥で汚れてるし、拾い犬を連れてきたみたいなものだから別に大丈夫だよね。こんな汚い子にとびきりの苺慶喜を食べさせてあげるなんて、動物愛護精神にあふれる心優しい愛獲だと思われるだけだよね。

 店に入ってからもトサカくんはずっと落ち着かない様子をしているけど、どういうわけか、何もしゃべってくれない。こっちもからかってやろうと思って「ねえ、名前はなんていうの?」「どこに住んでるの?」なんてわざとらしく聞いてみても、トサカくんは困った様子で首を横に振るばかりで、何も答えてくれないから僕も諦めた。
 しばらくして苺慶喜が運ばれてくると、トサカくんは顔を輝かせて嬉しそうに食べ始めた。そんなふうにしてるといつもと変わらないのにね。

 僕はトサカくんのことが好きで、今まで、何度もトサカくんに思いを告げている。そして、それに対してトサカくんからは「トサカくん大好きだよ」「おお! わしもソウちんのことが大好きぜよ!」「僕と付き合ってよ」「いいぜよ! どこまで行くんじゃ」という腹立つくらい定型通りのバカな返事をされている。最初は腹も立ったけど、だんだんトサカくんだし仕方ないかなあ、焦ることもないか、と思い始めて、最近はもう楽しくそばにいられればいっかな、て思ってた。そんな矢先にこんな姿で、しかも僕のことを知らないみたいなへったくそな演技までしてくるなんて、いったい何考えてんだろう。

 どうせこの体はメガネくんの発明のせいだと思うんだけど、あの食えないメガネくんが一枚噛んでるとしたら、せめてもうちょっと女らしい着物を着せるなり、髪もちゃんとさせるなりすると思うんだけどなあ。じゃあトサカくんが間違えて勝手に薬を飲んじゃったとか? だとしても、僕のことを知らないふりをしているのは納得がいかないし、気に食わないよ。

 そりゃあ僕はトサカくんのことが好きだよって言ったけど、別にトサカくんが女だったらよかったなんて一度も思ったことないのに。こんな恰好をして、嘘までついて、トサカくんは何か僕の気持ちを試そうとしているの? 僕を疑ってるの? そう思うとだんだん心が暗くざわついてきた。

 結局トサカくんは、甘味処にいる間、ほとんどしゃべってくれなかった。そんな状態で長居したって仕方ないから、苺慶喜を食べ終えたら店を出て「じゃあまたね」って別れようとしたら、後ろからぐいっと引っ張られた。振り返るとトサカくんが僕の着物の裾をつかんでる。なにこれ、僕に行くなってこと? 意味わかんないよ。「なに? まだ何か用? 離してよ」と言って手を離させようとしたら、今度は慌てた様子で後ろからぎゅっと抱きしめられた。なにこれ、いくら捨て犬みたいなトサカくんでも街中でこういうことされると、さすがに新選組的に良くないっていうか、瓦版に載っちゃうんじゃないかな。

 仕方なく物陰に引っ張り込んで、「んもう、トサカくん何なの? さっきから黙ったりしがみついてきたり……」と言ったら、トサカくんは「わしの正体に気づいとったんか!」って、すっごく驚いたみたいな顔をして言った。あ、そうか、さっきまで知らない人の振りごっこにつきあってあげてたんだっけ。

「気づいてたのかって、逆になんでその格好でばれないと思うのかなあ? 僕をなんだと思ってるの、トサカくんってほんっとうに救いようのないバカだよね!」

 さっきまでのもやもやをぶつけるように厭味ったらしく言ってみたら、トサカくんはしょげるどころか一気に嬉しそうな顔になった。そして急に目の前がボワンと白い煙に包まれて、なにこれどうなってんの、と思ったら―――次の瞬間にはいつもの姿のトサカくんがそこにいた。

「おおお、戻った! ソウちん、助かったぜよ! ソウちんならわかってくれると思っとったんじゃ!」

 男に戻ったトサカくんが、今度は前からぎゅっと抱きついてきた。なにこれ。ぜんぜん話が見えないんだけど。とりあえず物陰で男同士で抱き合ってるのも新選組の外聞的には良くないから、僕はいつにもまして落ち着かないトサカくんを人通りの少ない鴨川沿いまで連れてきて、話を聞くことにした。

「で、トサカくん、いったい何があったの」
「それがな、てらあだの帰りにな、今まで見たことのないネコがおって……」
 ダメだ、この話長くなりそう。

―――要するにトサカくんの話では、こういうことだった。まず見慣れないネコを追っかけていたトサカくんは神社で足を滑らせて池に落ちてしまい、なにかにつかまろうとしたらそれが池の主のナマズのヒゲだった。それでヒゲを抜いてしまって池の主を怒らせて、呪いをかけられてたらしい。それがさっきの姿だったってわけ。あの呪いは、誰かに正体を見抜いてもらえるまで、元の姿には戻れない。しかも自分から正体を明かそうとすると、とたんに声が出なくなってしまうという、おまけつき。トサカくんが僕のことを知らないって言ったり、ずっとしゃべらなくて苦しそうにしてたのはそういうことだったらしい。ていうか、池の主の呪いのクオリティが低すぎてびっくりだよ。僕、見た瞬間にトサカくんだってわかったんだけど。もう主として神力が衰えてるんじゃないの?
 それで困り果てたトサカくんが助けを求めて町をふらふらしていたところで、ちょうど僕にぶつかったそうだ。あんな格好で他の誰かに絡まれなくてほんとに良かったね。

「いや〜、まっこと助かったぜよ! もしソウちんがわしの正体に気づかんかったら、一生あのままでいるとこじゃった。わしがおなごになってもわかるだなんて、さっすがソウちんじゃ、見る目があるのう」

 いや、たぶん普通に家に帰ってもメガネくんが「その格好はどうしたんです龍馬くん」って一瞬で見抜いたと思うけどね…。
 てっきりメガネくんの発明のせいだと思ってトサカくんの言動にうがった見方をしてしまったけど、まさか普通はそんな変な呪いがかけられてるなんて思わないじゃない。たぶん僕なりに、気持ちにこたえてくれないトサカくんに対して心の中に不安があったせいもあると思うんだけどさ。だって、トサカくんのくせに知らない人のふりとか、そんなの腹が立ってあたりまえでしょ。

「おなごの身体だとギターが重くて、手も小さくて、いつもと勝手が違ってうまく弾けなかったぜよ。あのままだったら明日の練習でシンディに怒られるところじゃった…」

 え、あの姿になってまず心配するとこそこ?って思うけど、まあそれがトサカくんだよね…。「でもソウちんが戻してくれたからもう大丈夫ぜよ!」と笑うトサカくんを見ていると、さっきの暗くなりかけていた心が穏やかに晴れていくのが分かった。

「ねえ、もう大丈夫って言うけど、その沼の主の怒りはこれで収まったの?」
「うう……自慢のヒゲを抜かれてたいそう怒っとったから、あとでぴっつぁを供えに行こうかと思うぜよ」
「ナマズってぴっつぁ食べるの? 余計怒られたりしない?」
「その可能性もあるのう…どうしたらいいんじゃ…」
「それだったら、歌を歌ってあげたらいいんじゃないの。僕、前に神社に歌を奉納したこともあるし」
「おお! ロックでもええんか?」
「トサカくんの歌だったらきっと大丈夫だよ。それに、今からだったら僕も一緒に歌いに行ってあげるから」
「ソウちんがいれば心強いぜよ!」

 そうだよ、池の主だか何だか知らないけど、僕が一人(いや、一匹かな?)のために雷舞なんて、今じゃ幕府の要人だってよっぽどじゃないと依頼できないんだから。
 ソウちんと歌うの楽しみぜよ!とはしゃぐトサカくんに連れられて、さっそくその池があるという神社に向かって歩き始めた。うん、僕もすっごく楽しみだよ。

「おお、そうじゃ、呪いを解いてくれたソウちんにも何かお礼をしないといけないのう。でもわしまだタダ働きで、金がなくてな……」
「うーん、じゃあ最近ちょっと寒くなってきたからさ、今晩そっちに泊まるから、僕の布団温めといてよ」
「そんなことでええんか?」
「うん。僕冷たい布団嫌いなんだ。だから僕が寝るまで先に布団に入って待っててね」
「お安い御用ぜよ!」

 僕の色々な下心を含んだ提案に対して、トサカくんは何も勘ぐらずに「ソウちんは寒がりじゃのう」とか言いながら、笑って快諾している。あーあ。トサカくんの頭が心配になるよ。なにが起きても知らないからね〜。
 今晩はどうしちゃおうかな〜といろいろ考えながら僕がトサカくんににっこりと微笑みかけると、トサカくんはなぜか気まずように目線をそらした。

「……そういえば、さっきおなごの体になってるとき、ソウちんがまっことキラキラして見えたぜよ」
「えっ?」
「ソウちんの煌にはいつもあんな風に見えとるんかのう」
「……それって、呪いのせいなの?」
「わからんぜよ。でもすごくキラキラして、眩しいくらいだったぜよ」

 トサカくんの頬が、心なしかちょっと赤く染まってる。なんだよそれ。ちょっともう一回さっきの身体になって、どういう気持ちなのかちゃんと確かめてくれないかな。そういえばさっきは僕もドッキリかなにかかと思って警戒してたけど、原因があんなくだらないことなら、トサカくんがあの身体になってるうちにもうちょっとからかって遊べばよかった。ああ、でも僕が変身してトサカくんをからかうのも面白そうだなあ。

「ねえ、池の主ってあとヒゲ何本残ってるの?」
「ほえ? まだ3本はあったと思うぜよ」
「ふーん、もうちょっと少なくなってもいいよね」
「そ、ソウちん……?」

 そんな話をしているうちに神社に着いたので、僕はひとまずその池の主とやらをつかまえてやろうと思って、腕をまくった。











Feb.11.2015