■ 土方の話

 こんな夜更けに急に来てすまなかったな。店に人がいる時間帯だと話せないかと思ったからだ。今日ここに来たのは、他でもない。坂本、お前も見たんだろう、今朝出たあの瓦版のことだ。いや、怒っているわけではない。逆だ。お前には、総司が迷惑をかけて申し訳なかったと言いに来た。
 ああ、確かに記事の内容ではそう書かれていたが、どう考えても総司がいつもの酒癖でお前に絡んでいたところを見られたとしか思えない。もとから妖怪だとか物怪だとか、ガセネタばかり載せている瓦版だ、どうせ誰かが遠目に見かけただけで、それを適当に面白おかしくなるように書いたのだろう。
 総司とも話はしたんだが、このとき何があったのかと何度聞いても、はぐらかしたような答えばかりで、どうもはっきりと答えない。ちょうど少し前にもあの酒癖で他の隊士から苦情が出たばかりだったから、あの晩は酒を飲まないように言っておいたんだが、きっと俺が見ていないところで飲んでしまって、そのせいで何も話したくないのだろう。あの晩は雷舞の打ち上げで盛り上がっていたから、あいつも羽目を外してもいいかと思ってしまったのかもしれない。俺もそこまで総司のことを見ていなかったから、今回のことは俺の監督不行き届きのせいでもある。坂本には不名誉な噂が立ってしまって、本当に申し訳なかったと思っている。
 坂本、お前はなにか覚えているのか?ああ、やはり覚えていないんだな。そうだろう、あの晩はお前もかなり飲んでいたしな。
 今までにあいつは何度も酒の席で似たようなことをやらかしているし、俺も今までに何度もあいつに無理やり―――いや、それはともかく、こんな大ごとになってしまったのは今回が初めてだ。坂本には巻き添えにしてしまって悪いが、今回のことはあいつにとっていい薬になったんじゃないかとも思う。
 ああ、総司は今屯所にいる。この件に関して注意はしたが、謹慎というわけではない。新選組として掟に反したわけではないが、さすがに今外を出歩くのはまずいからな。ちょうど雷舞や握手会も今週はないから、見廻りの当番を変えて、あと数日は屯所から出ないように言いつけてある。もう少し落ち着いたら、直接お前に謝りに来させよう。



■ お登勢の話

 歳ちゃんたら、今日も男前だったわねぇ。あら、龍ちゃんどうしたの、暗い顔しちゃって。ああ、総ちゃんのことが心配なのね。でも人の噂も七十五日って言うじゃない。だいたいあんなガセネタばかりの瓦版だから、みんな面白がってるだけで本気になんかしてないし、この騒ぎもじきに収まるわよ。それに龍ちゃんも総ちゃんも、別に悪いことしたわけじゃないんだから。ほら、元気だして。
 今日はこの瓦版のこともあって、いつもよりお客が多かったから忙しかったわね。龍ちゃんはずっと裏で手伝ってもらってたから聞かれなかったと思うけど、アタシ今日だけで何十人にも「接吻したところを見たか」って聞かれたわ。そのたびに見てないのって答えるのがもう悔しくて悔しくて。こんな記事読んじゃうと、このときアタシが店の中にいたのに、まさか龍ちゃんと総ちゃんがこの店の前で口づけてたなんて、それを見逃したなんて、ほんとに悔しいわ。え、どうしてこの瓦版を持ってるのかって? 買ったのよ。そりゃ買うでしょう。このお店のことも書いてあるんですもの。自分用と、人に読ませる用と、保存用に三部買ったわ。特にこの描写がたまらなくって―――坂本は沖田の細い顎に指を添えると、そのまま荒々しく、って―――あら、龍ちゃん変なこと言ってごめんなさいね。ほら、落ち込まないで。お酒ついであげるから。こんなの、他の人は勝手に騒いで楽しんでるだけなんだから、龍ちゃんはいつも通りにしてたらいいのよ。
 それにしても変よねえ、アタシはあの晩ずっとカウンターにいて、総ちゃんにはお酒を飲ませないように歳ちゃんから言われてたから、総ちゃんにはお酒以外の飲物しか渡してなかったんだけど。ただ、あのときは貸し切りで、みんな好き勝手に立ち上がって騒いでたから、ひょっとしたら席を移動したときに他の人のを間違って飲んじゃったのかもしれないわね。もしそうだとしたら、なんだかアタシが一番総ちゃんに悪いことをしちゃったような気がするわ。



■ 高杉の話

 どうした龍馬。お前にしちゃ元気ねえじゃねーか。飯も2杯しか食わねえし―――なんだよ昨日の瓦版のことまだ気にしてんのか? お前は勝手に沖田にやられただけなんだから、堂々としてりゃいいだろ。ほんとに沖田ってやつはたちが悪いぜ。オレ様も前に、酔っぱらったあいつに―――いや、この話はいい。なんだよ、されたの覚えてるのかって。いや、普通、こんなん覚えてないほうがいいだろ。
 あの晩のことを覚えてるかって?別にいつも通りだったぜ、てめーが泣いて、桂さんが寝ちまって、土方が絡んできて―――ん、沖田か?沖田は―――そうだな、確かお前が泣き出してから、オレ様に席変われって言ってきたな。最初はオレ様がお前の隣だっただろ。それで―――そうだ、オレ様はそのとき桂さんが派手に椅子から転げ落ちたから、酔いがさめて、桂さんの様子を見に行ったんだ。結局桂さんは落ちても起きずに寝てたけどな。そのあとは―――確かに沖田が、お前が具合悪そうだからって外の風に当たらせに行くとか言ってたような気はするな。あ?沖田が飲んでたかどうかまでは見てねえよ。でも、それにしたって、別にもう気にする必要なんかねえじゃねえか。どうせあんなの、酔っぱらった沖田が毎度のように絡んできただけだろ。そんなことごちゃごちゃ悩んでる暇があるんだったら、お前はギターの練習しろっつーんだよ。



■ 桂の話

 龍馬くん、浮かない顔ですね。沖田くんとの記事のことですか。なぜわかったかって?昨日土方さんの話を聞いてからずっと、君は何か気にしている様子でしたからね。
 沖田くんに謝りに行きたいという気持ちはわかりますけど、今外に出て、ましてや新選組の屯所に入ろうとしたところで騒ぎになるだけでしょう。まだしばらく待ったほうが沖田くんのためでもあると思いますよ。それに土方さんも言ってましたけど、沖田くんは別に罰で閉じ込められてるわけじゃなくって、外に出ると騒がれて大変なことになるからという土方さんなりの気遣いで屯所にいるわけですから、君が気に病むことはありませんよ。沖田くんだってそんな土方さんの気持ちはわかってると思いますよ。
 だいたい、確かにこの瓦版には、深夜のテラーダの店先で龍馬くんが沖田くんに強引に口づけたように書かれていますけど、ただの話題つくりのための脚色が含まれているでしょうから、君がわざわざ沖田くんに謝りに行く必要もないと思いますけどね。むしろ沖田くんがただいつもの酒癖で君に絡んだ、というのが実際のところでしょう、きっと。ああ、私自身が何かを見たかですか? 私はあの晩は早々に寝てしまったようなので、ほとんど何も覚えていないんです―――えっ、晋作が私が椅子から落ちても寝ていたと言ってたんですか?失礼ですね、そんなわけないでしょう、さすがに私も椅子から落ちたら起きますよ。
 ただ、そうですね―――私はあくまでガセネタだと思いますけど―――土方さんは沖田くんに聞いてもはぐらかすばかりで何も語らなかったと言っていましたが、当事者である沖田くんからすると、また別の真実があるのかもしれませんね。真実というのは人の数だけ、その人の心を映した真実がありますからね。難しいですか? でも、龍馬くんならきっと、心でわかると思いますよ。
 なぜ私もこの瓦版を持ってるのかって? ついさっき弥太郎くんが来て、一部置いていったんですよ。何か、発行に関わったそうですよ。



■ 岩崎の話

 おお、龍さん、そんな格好してどうしたんじゃ。変装でもしちょるのか? ああ、あの瓦版か。そうじゃ、わしじゃ。読売屋が、最近瓦版がどんな変わったネタを載せてもなかなか売れんって嘆いておってのう。その話をしてるときにちょうどテラーダの向かいの質屋の旦那が通りかかってな、なんでも夜中に窓を開けたら龍さんと沖田くんが店先にふたりでおって、顔を近づけて接吻してるように見えたって噂話をしちょったもんじゃから、一思いにそれをドドンと大きく載せるよう、わしが読売屋に提言してみたぜよ。そしたらこれが大当たりの大反響、瓦版は増刷に次ぐ増刷で、いつもの7倍売れたそうじゃ。いや〜、わしもここまで売れるとは思ってなかったが、超魂團の人気はすごいのう!龍さんもこうして最高愛獲と噂になっちょると、ますます大物って感じがするぜよ!町も昨日からこの噂で持ち切りじゃし、これで超魂團の来月の雷舞も大盛況じゃな。瓦版の売れ行きも反応も燃えるような勢いじゃから、わしはこれを炎上商法と名付けようかと思ってるぜよ!



■ 沖田の話

 トサカくん、ここにいたんだ。会えてよかった。え?屯所にいなくていいのかって?うん、土方さんには外に出ないように言われてたんだけど、土方さんが出かけた隙に裏口からこっそり抜け出してきちゃった。隊服も着てないから、そこまで目立たないでしょ。トサカくんも今日は外に出てないの? え、さっき屯所に来たの? 変装で怪しまれて門前払いだったって? そりゃ、屯所の警備は厳しいもの。でも、それじゃあ僕たち一度すれ違っちゃったんだね。ねえ、今ってこの屋敷トサカくんひとり?メガネくんたちもいないの?ふーん、ちょうどよかった。だって僕が抜け出したこと土方さんに告げ口されたら怒られちゃうからね。
 ねえ、あれ読んだ? そう、トサカくんが僕に強引にキスを迫ったって書いてあったね。おかげで町中の人みんな、トサカくんが僕に恋してるって思ってるね。ふふ。読んで、どう思った?―――え?実際は何があったのかって?―――そっか、トサカくん酔っぱらってたから、覚えてないんだね。うん、実際は―――この記事の通りだよ。トサカくんのほうからキスしてきたんだよ。そうだよ、僕もびっくりしたよ、トサカくんに突然迫られちゃって。僕お酒飲んでなかったのに、土方さんは僕がこっそり飲んでトサカくんに絡んだって思いこんで、全然信用してくれないしさ。
 え、なに、土方さんに説明しに行くって。なんで謝るの。謝る必要なんてないじゃん。土方さんなんてずっと勘違いしてればいいんだよ。ちょっと待ってよ。待てってば。聞けよ――――ごめんね。本当はトサカくんからしたんじゃないよ。うん、僕からだよ。でも―――ああ、もう、だから、あのときはお酒なんて飲んでなかったって言ってんじゃん。どういうことって、そんなの説明しなくてもわかってよ―――あのときはね、僕が君の襟巻を下に引っ張ったから、君のほうからキスしたように見えたんだと思うよ。ほら、こうやって引っ張ると、君がちょっと屈んだような姿勢になるでしょ。あのとき君はバカみたいに泣いててさ、僕が君にキスするのも君のせいだ、とか言ってた。自分で言ってる意味わかってないよね、絶対。でもそうだよ、僕がキスしたのは君のせいだよ―――ふふ、ねえ、トサカくん、こんなに顔が近いと、また唇がくっついちゃいそうだね。どうしたの、トサカくん、顔が真っ赤だよ。ほら、逃げなくていいの? 僕にこうされるの、嫌じゃない?

ねえ、トサカくん、いいの?











Feb.11.2015