2010年10月26日のご本家の相棒ショックに便乗したかっただけですよ! あのシーンがどうもどうも気になってそのあたりをネチネチと書いただけでございますとにかく島国万歳!!




ふ た り だ け の パ ー テ ィ ー






「よし、お前の席はここ。俺の隣な!」
 会議室に並べられた机の、ご自分の名前のプレートが置かれた席に座ったイギリスさんは、隣の席を指差して、私にそこに座るように促しました。
「あの、この札にフランスさんと書いてありますが」
「そんなん知るか、捨てとけ」
「いや、それは」
 止める間もなくイギリスさんは「FRANCE」と書かれたネームプレートを床に放り、私はさすがにそれはあまりな仕打ちでは…と思えども、この今朝からずっと異様にご機嫌な同盟国の真ん前で、その札を拾いなおす勇気は出ませんでした。その後すこし遅れて会議場に着いたフランスさんが「え、なにこれ俺の名前落ちてる!ひどくない!?」と騒ぐと、イギリスさんは「お前の席は床ってことだろ?」と言って私に目配せして、凶悪そうに笑いました。すみませんすみません私たち同盟なんです、とフランスさんに心の中でひたすら謝りましたが、届いたかどうか…。

 会議が始まってからもイギリスさんは、同じ資料が配られているのにも関わらず逐一私の手元をのぞいてきたり、肩に糸くずついてるぞだとか、このスーツどうしたんだなどと言って手を出してきたり、終始落ち着きません。ほんのすこし前までは、このような方ではなかったような気がするのですけど、同盟を結んだ途端に、このまるで熱病のような有様。どうしたものか、正直言って全然慣れません。人前で敢えてこのように振る舞うことが同盟の締結文に書いてあっただろうかと必死で思い出そうとしても、そんな項目はなかったとしか思えないのですが。

 同盟を結んだだけでも話題になったというのに、イギリスさんがこの調子だと、周囲から注目を浴びてしまうのも当然です。誰もがこちらの様子を窺いながらひそひそと小声で話していて、何を言ってるのか私には聞こえなくとも、次第に誰もがみな「あんな小国が大英帝国の隣に並ぶのは図々しい」と言っているような気がして、そう思い始めると止まりません。隣のイギリスさんは気づいているのかいないのか、周囲の内緒話も会議の進行もまったく気にする様子もなく「おまえと一緒に船を造りたい」なんていう話を陶然と始めてきます。そんな話をされると、七つの海を庭にした彼に比べれば造船を始めてまだそれほどの年月を経ていない私としては、同盟を組んで対等になるはずだったのに、ますます小判ザメ化していくような気がして、目の奥が熱くなってきました。どうやったって今は、私ばかりが、学ぶことばかりです。
「…日本、どうした?」
 一点を見つめて黙ったままの(というより今は会議中なので私語を慎むのは当然と言えば当然なのですが)私を不審に思ったのか、イギリスさんが急に顔をのぞきこんできて驚きました。
「あ、いえ!なんでもありません!ええと、時差のせいか、ぼうっとしてしまって」
「そうか?何か問題があったら遠慮しないですぐ言えよ。ほら、俺たち…相棒なんだからな!」
「は、はい」
 問題って、そりゃ、眩暈がします。息も苦しいです。顔が馬鹿みたいに火照るのを止められません。ほかでもない、あなたのせいで。そんなことあなたには言えないんですけれども。

 そうこうしているうちに今回もやはり実りのないまま会議が終了時刻を迎え、イギリスさんは早速「よし、帰るぞ!」と私を促しました。そして帰り支度でざわつく会議室で、来るとき同様やはり私の一歩前を歩いて「てめえらジャマだ」などと他国に凄んでいます。嗚呼。私もこれに加担してると思われてるんですかね。私としては、イギリスさんに別にそんなことしていただかなくてもいいんですけど。それより静かにお話できたほうがどんなにいいでしょう。
 恥ずかしいからやめてくれとはっきり言うことはできず、でもせめてすこしは気づいてくれないかと願ってごく遠まわしに「あの、イギリスさんは、けっこう、同盟のことを主張なさるんですね」と前を歩くイギリスさんに告げてみると、イギリスさんは私の発言がさも意外だというように、
「そりゃ同盟なんだから、他の奴らに俺らが同盟組んだってこと見せつけなきゃ意味ないだろ」
とおっしゃいました。
 言われてみれば、確かにそうです。外交的戦略のひとつなのですから。特にこの同盟の契機となったロシアさんやフランスさん、そしてもちろん全世界に強固な絆を見せないことには意味がありません。
「そ、そうですね」
 存外にまともな答えが返ってきて、ほっとすると同時に、今度はイギリスさんの言動よりずっと、自分自身がものすごく恥ずかしくなってきました。外交手段と察することなく、勝手に勘違いして、妙な意識ばかりしていたような気が。外交とはまるで違う、私的な意味で捉えて。そう、相棒という言葉にしたって…いやいや、自意識過剰にもほどがあるんじゃないですか、私!
 また頬に血がのぼってくるのを感じて、もうさっさと家に帰りたくなってきました。早く帰って、あったかいご飯を食べて、ぽちくんをもふもふして、布団にもぐって、そのまま家から出ないで20年くらい過ごしたい……などと考えていると、前を意気揚々と歩いていたイギリスさんが振り返り、
「なあ、会議終わったし、これからうち来いよ」
と言いました。私は反射的に「あ、はい!ご迷惑でなければ」と即答してしまい、布団にこもる計画はたやすく崩れ落ちます。
「ばかだな、俺の方から誘ってんだから、迷惑なわけないだろ」
 イギリスさんがそう言ってみどり色の目を細めて見つめてきて、私はとてもじゃないけど目をあわせることができず、露骨なくらいに余所を向いてしまいました。嗚呼、これがただの外交的戦略であれ何であれ、できればこういう遣り取りは誰にも見せずに秘め事にしておきたいと願うのは、私の勝手でしょうか。これが会議場の廊下でなく、ふたりだけしかいない場所なら、私だってあなたをきちんと見据えられる気がするのですけれども、それって勘違いも甚だしいんですよね、きっと。

 嗚呼、こんなことを考えていないで、邪心は捨てて、私もただの外交手段として割り切らなければ。そうです、イギリスさんのおっしゃる通り、周囲に見せつけてこその外交です。せっかくイギリスさんが尽力してくださっているこの同盟の広報活動、私だってそれくらいしなければ、とてもフェアな関係とは言えません。第一、この程度でいちいち照れていたら日本男児の名が廃ります。さあ、静まれ、私の心臓の音、それから頬の毛細血管。ひとまず深呼吸して、それから意を決してイギリスさんの肩をつかみ、
「そうですね、イギリスさんと、私の仲ですからね!」
と声高に宣言して見せると、イギリスさんはそれまで微笑みかけていた顔を急にそむけ、なぜかさっと周囲を確認し、「あ、ああ、そうだ、な」と言葉を濁らせました。
 「当たりまえだろ!」みたいなノリのいい反応が返ってくるものと想定していた私はまさかのそのイギリスさんの引き具合に、頬で燃えていた血がさーっと下に引いて行くのを感じました。もしかしなくとも、今のは、どこか、同盟的にナシなんですか。控えめにしたつもりですけど、セリフが寒かったですか。肩とか触るの嫌でしたか。これだから極東の田舎者はやっぱり困るとか思われてたりするんでしょうか。
 とりあえずイギリスさんから素早く三歩離れて
「あ、あの、も、申し訳ありません、慣れ慣れしく!」
と頭を下げると、イギリスさんは「い、いや、いいんだ、違う!違うっていうか、なんか、お前がそう言うと…調子狂うな」と黒い手袋をはめた手で、私がさっき触れた肩を何度も撫でながらつぶやきました。






Nov.6.2010