この目はあまりに夢の見すぎで悪くなった




「次、日本に会ったら、俺どうしたらいいんだろ…」
イギリスが2杯目の紅茶をカップに注ぎながらつぶやくと、妖精が「アーサー、見て!」とイギリスの背後を指差して叫んだ。「なんだよ」と後ろを振り返ると、庭の木の影から姿を現したのは今まさに話題に上っていた当本人、日本だった。驚きで声が出ず、ガチャンとポットをテーブルに置いたイギリスに日本はあわてて駆け寄り、頭を下げた。
「す、すみません、勝手に入り込んでしまって!驚かすつもりはなかったんです!あの、電話しても出られなかったので、庭にいらっしゃるかと思いまして。呼び鈴も押したんですけど」
日本は薄いグリーンの、ヒラヒラした民族衣装を着ている。仕事の場ではずっとスーツだったから、イギリスがこの姿を見るのはかなりひさしぶりだった。
「あー…すまん、ずっと庭にいたからな。どうした、急に。何か用か」
すこし驚きがおさまると、イギリスはさっきの呟きは聞かれてないだろうかと心配になった。しかし怖くて確認ができない。そして、日本は何をしにきたんだろうか。何か話があるのか。ひょっとして昨夜伝えられなかった話があるのか。イギリスの頭は一気に混乱に突き落とされる。ああ、落ち着け、俺!そうだ俺が緊張する必要なんてどこにもないんだ、こいつが言うんだから、俺はそれに答えればいいだけだ、でも、なんて答えるんだ?
「……特に用はなかったんですけど、近くまで来たので寄らせていただきました」
「近く?」
「フランスさんの家におじゃましてました」
「なんでフランスなんかに用があんだよ」
予期したような重大な発言が来ず、気が抜けたのと同時に、イギリスは自分が隣国のついでのように扱われたのが心外だった。
「いえ、大した用ではなかったのですが……」
日本の説明はそれで途切れてしまい、沈黙が庭を支配した。トチノキが風にそよぎ、遠くで鳥の声がする。イギリスは自分が長年手入れしてきた、居心地のいいはずの庭が、まったく別の知らない場所に変わってしまったように感じた。
「……誰かとお茶されてたんですか」
ふとテーブルに出されていた2客のティーカップを見て、日本が尋ねる。そのティーカップの前には依然として妖精が座り、こちらをじっと見つめていたのだが。そういや日本には見えないんだっけな、とイギリスは少し寂しく思う。
「これは別に…そうだ日本、おまえも飲むか? 今カップを取ってくる」
「いえ、おかまいなく……あ、お待ちください、イギリスさん。髪に花びらがついてますよ」
急に呼び止められて、イギリスは「そ、そうか?」と慌てて頭に手をやった。
「そちらではなく反対側です。私がとりますよ。すこししゃがんでいただけますか」
「あ、ああ、すまない」
一歩近づいた日本が手を伸ばして、イギリスの髪に触れた。目の前で袖がひらひらと揺れて、かすかに香の匂いがする。
「なんでしょう、ひっかかってますね」
髪を弱い力で引っぱられる。今日は庭仕事をしていないし、普通の花びらならそんなにひっかかるはずがない、ぜったい妖精だ、妖精の仕業だ、あいつ何のつもりだ、とイギリスは考える。
「はい。とれました」
一歩後ろに離れるついでに、日本が髪をさらりと撫でたのを感じた。
「本当に、きれいな色の髪ですね。うらやましいです」
「………」
白い花びらを地に落として、日本は柔らかく笑う。おまえの髪だって、俺にとっては、とイギリスは言いたかったが、のどがつかえたようで言葉は何も出てこない。せめて、ありがとう、と言えばいいのか。
「……イギリスさん、顔が赤いですよ」
「な、なんだよそれ!俺の顔色は別に、おまえには何の関係もないだろ!」
思わぬ指摘を受けて、イギリスは驚いて後ろにのけぞる。それじゃあまるで俺が。
「……あのー……こう聞いてはなんですが,イギリスさんは私のことをどう思ってらっしゃるのでしょうか」
このタイミングで言うか。反則だ。しかもその聞き方はなんだ、俺が聞きたかったのはそんな言葉じゃない、とイギリスはさらに頭に血が上るのを感じた。
「そう言うおまえこそ、俺に言いたいことあるだろ?!」
「私が先に聞いてるんです。私の質問に答えてください」
「いや、おまえが先に答えろ!」
「では言います。私が言いたいのは、イギリスさんが私のことをどう思ってらっしゃるのか気になる、ということです」
「なんかズルくねぇか?それ」
「いえ、ズルくありません。イギリスさんも私の質問に答えてください。私のことをどう思ってらっしゃるんですか」
「どうって言われても…なんて答えればいいんだよ」
「では、なぜ会議中に見つめてくるんですか?」
「あれはおまえとよく目が合ったから、試しに見てみただけだ」
「それにしたって見つめすぎです、ものには限度があるでしょう」
「そんな見てたか?俺」
「見てましたよ。あと、なぜ恋人の有無や好きなタイプを聞いてきたんですか?」
「単に気になったからだ」
「では…昨日の帰り際の台詞はどういうつもりだったんですか」
「日本…おまえ、俺に、俺がおまえを好きだからそうしてる、って言ってほしいのか?」
「いえ!別にそういうわけではありませんけど!」
「いや、絶対そうだろ!さっきの誘導尋問だったじゃねえか」
「違います!私はただ、各国の皆様にもご迷惑がかかるかと、」
「じゃあ、俺は、どうして日本が、俺に、日本のこと好きだって言ってほしいのか聞きたい」
「ええと、私は………ああ、なんだかもうよくわからなくなってきました……」
「そうだな。俺も自分で言っててよくわからなくなってきた」
「………」
押し付けあうような、進歩のない言い争いがようやく止んだかと思えば、日本はうつむきっぱなしで顔を上げない。すこしキツい言い方もしたけどまさか泣いてるわけじゃないよな、とイギリスは心配になる。
「どうした、日本」
「………ああ、でも、そう考えると、イギリスさんがおっしゃるように、私はイギリスさんのことが好きなんでしょうか」
「違うのか?」
泣いていたわけではなく考え込んでいただけとわかってほっとしたせいか、馬鹿なことを聞いてしまった。違うのか、ってなんだ俺、期待丸出しじゃねえか、とイギリスは瞬時に後悔した。
「………よくわかりません。イギリスさんはどうなんですか?」
「俺? 俺は………って」
何かに髪を引っぱられたと思ったら、さっきの妖精が目の前に浮かんで、ジェスチャーで懸命に何を言うべきかイギリスに教えてくる。どのみちおまえの声は日本には聞こえないっていうのに。ああ、わかってるよ、言われなくても、わかった。ただ、言うのが怖いだけだ。だって、日本が何を考えてるかなんて、ほんとうのところは、俺にはなにひとつわからなくて、そうなったらいいと思うことが起きるように願うしかなかったのだから。だから、たぶん、ほんとうは最初から、日本が俺のことをどう思っていようと、
「俺は、日本が、好きだ」









Feb.11.2009

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