「黒子っち!ひさしぶり」 いつも通りハードな部活が終わり、そのままいつも通りに家に帰るはずだったのですが、もうすこしで家に着くというところで、なぜか目の前に現れたのは制服姿の黄瀬君でした。僕の方は正直そんなにひさしぶりという感覚でもなかったのでとりあえず「こんなところでどうしたんですか」と聞くと、黄瀬君はその質問には答えず、「ちょっと時間、いいスか?」と、すぐ横にある公園を指差しました。 それから、「家に帰って夕飯食べるので」と一度断ったのですが、黄瀬君が近くのコンビニで買ってきたというソーダ味のアイス(ちょっと溶けかけている)を無理やり渡され、なぜかそれを公園のベンチにふたりで並んで座って食べることになりました。もうあたりは暗くなってきていて、電灯に照らされた黄瀬君の横顔はいつになく真剣で、無駄にアイスのCMみたいな雰囲気を出しています。 「今日は急にどうしたんですか」 「えー、たまたま寄っただけっスけど」 「神奈川からわざわざですか」 「今日うち部活休みだったんスよ。だから東京来て。…で、ちょっと黒子っちに聞きたいこともあったから」 「なんですか」 「そんな大したことじゃないんスけどー」 「だから、なんですか」 黄瀬君はらしくもなく下を向いて、えーとかあーとか言いながら靴先で砂を蹴っています。 「えーっと……か」 「か?」 「…か、火神っちってカノジョいるんスかね…」 「……」 「……なーんて、知ってたらでいいんスけど」 いつになく真剣な様子から、てっきり海常のことか、もしくはキセキの誰かが何かしでかしたのかと予想していたのに、実際に黄瀬君の口から出た質問はあまりに予想外すぎて、一瞬何が何だか分からなくなりました。火神君に彼女。いたとしても、それが何か黄瀬君に関係が。風が吹けば桶屋が儲かるレベルの関係なさかと思うのですが、関係あるとしたら……黄瀬君のファンが火神君ファンになったとか……?……いや、でも、黄瀬君の様子からしてそういう感じよりも……いや、まさか。黄瀬君は下を向いたまま、アイスも手に持っただけで食べずに僕の返事を待っています。 「火神君に直接聞いたわけではありませんが、これまでクラスや部活で一緒にいても、そういう様子を見かけたことはないですよ」 「そ、そっスか!」 「ただ、アメリカに残してきていたりしたらわかりませんけど」 「…あーアメリカ…そっスよね…。でも今、まわりには好きなコとかいないカンジっスかね」 「そういう話はしたことがないので」 「そうなんっスか…」 「それより、それを聞いてどうするんですか」 「どうって」 「誰か火神君のことを好きな人でもいるのですか」 「誰っていうわけじゃないんスけど…ちょっと気になっただけっス」 「わざわざ神奈川から来るほど」 「…そうっス」 それきり沈黙が流れ、代わりに虫の声がやたら大きく聞こえてきました。黄瀬君が何か話を続けるんじゃないかと待ってみましたが、その気配もありません。そのうちに僕はアイスを食べ終わり、アイスの棒に「当たり」と書いてあるのに気がついたのですが、かといってとてもそんなこと言い出せる空気じゃないです。当たったところで2本も食べられないですし。というか、部活で疲れているのでこんなところで青春してないで本当にもう帰りたいんですが。とりあえず現状を一刻も早く打開するためにさっきちらっと脳裏をよぎった、万が一の可能性に触れてみました。 「ひょっとして黄瀬君が、火神君のこと好きなんですか」 黄瀬君の肩がびくっと揺れましたが、沈黙が続きます。「別に本人に言ったりしませんよ」と促すと「…そんなカンジっス」と、やっと白状しました。当たりです。今日僕よく当たりますね。全然嬉しくないですけど。 「自分でもよくわかんなかったんすけど、ずっと火神っちのこと気になってて。女の子とは違う感じなんすけど…。でも、火神っちにカノジョいたらイヤだって思って。そんなん考えてたら、いるのか確かめたくなって」 「火神君に彼女がいないからといって黄瀬君のことを好きになるわけじゃないと思いますが」 「それはわかってるんスけど!!でもいるといないじゃ可能性が全然違うじゃないスか」 そう言って勢いよくこちらを向きなおると、その勢いで黄瀬君が持っていた棒に残っていたアイスのかたまりがぽとりと砂の上に落ちました。 「あ」 「あー…もう、ついてないっス…」 すっかりしょげた様子の黄瀬君に、僕もさっきのはすこし言い過ぎたかな、と思ったので「ちょっと見せてくださいそれ」とアイスの棒を取り上げました。 「なんスか?」 「これ、当たってますよ」 黄瀬君がこっちを向く前に自分のアイスの棒とすり替えて、そう言って黄瀬君の目の前に差しだしたところ、黄瀬君は「ほんとだ!気付かなかったっス!」と喜んで「もらってくるからちょっと待ってて!」と言って近くのコンビニに走って行きました。ちょっと、今取り換えに行くんですか。早く帰りたかったので、正直なところ、やらなきゃよかったと後悔しました。 「で、知られちゃったからには、黒子っちに協力してもらいたいんすけど」 2本目のアイスを食べ終えた黄瀬君はすっかり機嫌と自信を取り戻したらしく、意気揚々と語り始めましたが、僕は本当にもう帰りたいです。だいたい知られちゃったってなんなんですか君が思わせぶりな様子でいかにもなこと言ってきたから簡単にバレただけじゃないですか。 「前に火神君のメアド教えたじゃないですか、そこから自力で頑張ってください」 「でも火神っち、返事はくれても自分からはメールしてくれないし、それだけじゃ難しいんスよー」 「協力ってどういうことするんですか」 「えーっと、たとえば、火神っちにオレの話するとか」 「たまにしてますよ」 「え、どんな!?」 「中学時代の黄瀬君の成績がどうとか」 「それ絶対いい話じゃないっスよね」 「事実しか話してませんよ」 黄瀬君は「それでも忘れられてるよりいいスかねえ」とため息をつくと、さっきからバッグとは別に持っていた大きい紙袋をこっちに差しだしてきました。 「じゃ、とりあえず、これだけ、火神っちに渡してほしいんスけど…」 「なんですかこれ」 「オレの写真集。新しいやつっス!」 「…一体これをどうしろというんですか」 「こないだ雑誌の特集で見たんすけど、人間、よく見かける人ほど親密度があがりやすいらしいんっスよ!だから火神っちにも日常的にオレを見てもらいたいと思って、でも学校違うから、頻繁に会うのは無理だし」 「はい」 「それに今バスケ優先だからあんまり雑誌とかでてないし…あ、別に仕事の依頼が来ないわけじゃないんスけどね!」 「はあ」 「だからせめて、火神っちのリビング、いや寝室でもいいんスけど、これを置いといてもらいたいなって」 「自分で渡してください」 「直接渡したら、理由とか聞かれて、変にオレがすごい好きみたいな感じになったら困るじゃないスか」 「実際にすごく好きなんだからいいじゃないですか」 「今からバレて警戒されたら終わりなんスよ!おねがい黒子っち!今度マジバでシェイクおごるから!」 「…わかりました」 シェイクにつられたわけではないんですけど、試合中とはまた違って必死な黄瀬君の様子に「まあ渡すくらいなら」と思って受け取ったところ、予想外に重かったので後悔しました。学校持っていくの面倒くさいです。 翌日、朝練を終え教室に戻り、ホームルームも終わって教科書を取り出そうとしたときに、机の横にかけておいた黄瀬君の袋が目につきました。そういえば部活の時に火神君に渡すのを忘れていました。目の前の席の広い背中をつつくと、「なんだよ」と火神君が振り向きました。 「昨日黄瀬君に会ったんですが」 「へえ、部活の偵察には来てなかったよな。何しに来たんだ?」 「よくわかりません。帰りに家の近くで待ち伏せされてました」 「なんだそれこえーな」 「怖いですよね」 「あいつ、お前にやたら執着してるよな」 「それだけの理由でもないみたいですけど…それで、黄瀬君から、火神君にこれを渡してほしいと頼まれました」 「オレに?」 「はい、どうぞ」 「なんだよこれ、デカいな」 「黄瀬君の新しい写真集だそうです」 火神君が袋から取り出すと、表紙には大きく「黄瀬涼太2nd写真集」の文字が躍っていました。僕も袋から出してなかったので知りませんでしたが、おそろしいことに黄瀬君は表紙ですでにシャツをはだけています。誰も知らない黄瀬涼太のすべてがここに…、って帯、なんなんですかもう。 「…これもらってオレはどうすりゃいいんだよ、アイツなんなんだ!?」 奇遇です、僕も全く同じことを昨日思いました。さすが僕の光。 「それを火神君の家のよく見えるとこに置いておいてほしいそうです」 「オレ一人暮らしだから、家に置いたってなんの宣伝にもならねーけど…部室に飾るか?」 「家がいいそうですよ。黄瀬君がどういうつもりなのかは僕にもよくわかりませんが」 「これ、お前ももらったの?」 「それではなく、前に出た写真集は中学の時にもらいましたけど」 「まだ持ってんのか?」 「いえ、もらったその日に近所の図書館に寄付しました」 「…お前そのこと黄瀬知ってんの」 「まさか。言ってませんよ」 「てか、図書館ってそういうサービスもあるんだな」 「場所によりますけど。あの、それは持って帰ってください」 「あー、一応もらいもんだしな…」 「そうしてください」 「えーっと、これって黄瀬に礼言ったほうがいいんだよな、やっぱり」 「そうですね」 「メールでいいよな?…なんて言やいいんだ」 「感想とか喜ぶと思いますよ」 「感想ってもなあ」 「どの写真が一番いいとか」 火神君は一度袋にしまいかけた写真集を取り出して僕の机の上で開き、パラパラとめくりはじめました。木漏れ日の下の黄瀬君。ソファでくつろぐ黄瀬君。犬と遊ぶ黄瀬君。シャワーを浴びている上半身裸の写真なんかも入っています。シャワーのとこでページをめくる指が止まったので、どうしたんですか火神君まさかその写真が気になるんですか!?と思ったら、火神君はごく冷静に「こんなん撮って恥ずかしくないのか?アイツ」とツッコミました。 「吹っ切れてますよね」 「普通カメラ目線でできねえよなこんなん…すげえなアイツ…うわー…。あ、でもやっぱ黄瀬っていったらこれじゃねーの?」 火神君が次に目を留めたのは、やっぱりといいますか、バスケをしている黄瀬君の写真でした。そういえば黄瀬君が今回の写真集では自然体(笑)な自分を載せるのにもこだわったとか前に言っていたような気がしますが、まさにそんな感じの一枚でした。他の写真に多く見られる甘えた表情ではなく、試合中のような、真剣なまなざしの。 「ここ、どこのストバスコートだ?けっこう新しそうだな」 といっても、火神君はすでに背景のほうに目がいってるようですが。 そのまま一応最後のページまでパラパラとめくっていき、あらゆる黄瀬君を堪能させられた後、火神君はメールを打ち始めました。 「よし、送った」 「なんて送ったんですか」 「いや、ただ、『黒子から写真集受け取った。サンキュ。見た。すごいな。バスケしてる写真がいい』って。そんだけ」 あー…そんなメール送っていいんですかね。黄瀬君が激しく勘違いしそうな気がするんですけど。『黒子から(よくわからないけどとりあえず)写真集受け取った。(図書館に寄付しようか一瞬迷ったけど一応)サンキュ。(パラパラと)見た。(シャワーシーンも恥ずかしくないとか)すごいな。(感想を言うためにどうしても選べって言うなら)バスケしてる写真がいい』ていう経緯や感情が全部消し飛んでますからね。天然タラシってやつでしょうか火神君。怖いですね。 「うわ、もう返事来た」 「早いですね」 「えーと、『早速見てくれて嬉しいッス!ちなみにオレのオススメは35ページの公園のやつ!!』だって。あいつページ数まで覚えてんのか?てか、これ、ページの数字ついてねーじゃねえか…公園の写真って何枚かあるし、どれだよ」 僕の机の上に広げていた本を自分の机の上で抱え直し、火神君は律儀に1ページ目から1枚ずつめくってページを数えていきましたが、途中で「あれ?そういや本の1ページ目ってそもそもどこから始まるんだ?」などと言って何度か数え直している間に授業が始まり、集中していた火神君はそれに気づかず、そして明らかに教科書ではなく大きい写真集を広げて熱心に見ていた火神君はすぐに先生に見つかり、「なにしてるんだ火神!授業始まってるぞ!」と叱られ、写真集を取り上げられました。先生はてっきり水着の女の子かなにかの写真集だと思って取り上げたらしく、手にしてからシャツをはだけた男子高校生の表紙だということに気づいて一瞬ひるんでいました。たぶん火神君の趣味が誤解されてる気がします。それでもそのまま黄瀬君は没収されていき、何事もなかったかのように授業が続行されました。 そのあと火神君に小声で 「黒子、お前気づいたんなら言えよ」 と恨めしそうに言われましたが、どうして僕がそんなことまでしなきゃいけないんですか。 次の休み時間に「黄瀬君、没収されてしまいましたね」と声をかけると、火神君は明らかに不機嫌な「あー」という返事と共に、振り返りました。 「どうするんですか」 「どーもこーも取られちまったから仕方ねーだろ…」 「職員室行って先生に言えば返してもらえると思いますけど」 「そーなのか?」 「そう思いますよ。ついでに叱られるかもですが」 「それは別にいーけど…カントクにバレたりしねーよな?」 「その可能性はありますね」 「だよな…」 カントク目敏いですし、どこからともなく聞きつけてきますからね。職員室出入りしてるの見つけて原因聞きだして「せめて授業くらい真面目に受けなさいよこのバカガミそんな余裕の態度こいてて次のテスト悪かったら(以下略)」とかものすごく怒られそうです。 それきり火神君は前を向いてしまい、何も言わなくなってしまったので、なんとなく取りにいかないつもりなのかもしれない、と思いました。もともと無理に押し付けられたものですし。そこでふと昨日の黄瀬君の必死な顔を思い出して、すこし黄瀬君がかわいそうになってきました。 確かに、昨日僕は疲れて早く帰りたいところを急に邪魔されて、あまり知りたくない彼の恋愛事情を聞かされた上に重い写真集まで持たされて、火神君は扱いに困る写真集を押し付けられた上に先生に叱られてあらぬ誤解までされ、さっきはクラスメイトまで「火神が持ってた写真集ってアレ男のだったよな…」とヒソヒソ話していたのでかなり散々な目にあってるとしか言いようがないですけど、それでも黄瀬君はただ火神君を好きになってしまっただけで、何の罪もないはずです。むしろこの場合、罪な男は火神君です。たぶん。 「やっぱオレ、黄瀬取り返してくるわ」 もうダメかと思ったのですが、何を思ったのか火神君は昼休みになるとそう無駄に男前に宣言して、さっそうと職員室に行きました。黄瀬君に今の発言を聞かせてあげたいものです。火神君は普段もよく授業中に寝て注意を受けているので、ひょっとしたらこの機会にたっぷり叱られるのではないかと思ってましたが、しばらくしたら思ったより早く写真集とスーパーロングBLTを片手に戻ってきました。 「早かったですね、叱られなかったですか」 「叱られるっていうか、世の中にはいろんな人間がいて、いろんな生き方がある、みたいな話だけされた。よくわかんねえ」 それは、なんというか、先生は明らかにアレが火神君の趣味だと勘違いしてますね。そんな先生の心境も黄瀬君の下心も察しないまま、火神君は 「でも黄瀬には『お前の写真集みてたら先生に怒られた』って文句言うわ」 とまた黄瀬君にメールを打ち、また1分もしないうちに返事がきました。この早さ、黄瀬君は海常でちゃんとした学校生活を送ってるんでしょうか。 「お、『ごめん!お詫びに今度マジバおごるっす!火神っち、いつなら都合いいすか?』だとよ」 責められるという一見不利な展開から、餌付けの約束に結びつけるとは、何たるテクニック。手口が鮮やかすぎて怖いです黄瀬君。普通に女の子相手でこういうやりとりに慣れてるんでしょうね。 「平日の部活の後だとあいつ家遠いもんなー、次の部活休みっていつだ?」 そしてこの、警戒心ゼロでエサにほいほいと釣られているうえに相手への気遣いまでしている火神君もどうかと思うんですが。確かに普通はまさか自分がそういう意味で狙われてるだなんて思いつきもしないでしょうけど。 火神君がそれからも「あ、ついでに写真集のストバスコートどこか教えてもらうわ」などと言うので、「それ聞いたらたぶん黄瀬君と一緒にストバスコート行くことになると思いますよ」とそれとなく注意を匂わせたつもりだったんですが、火神君は「いいな、黄瀬と1on1してえ」などと呑気に黄瀬君とのバスケに思いを馳せながらスーパーロングBLTの袋をガサガサと開けています。なんだか、こんな調子だとあっというまに黄瀬君的ハッピーエンドになってしまいそうな気がしてきました。さっきかわいそうとか思って損しました。そういえば黄瀬君、僕にシェイクおごってくれる約束はいつになるんでしょうか。たぶん忘れてますよね。 しかしそうやって内心黄瀬君に対する苛立ちを募らせていたところ、急に火神君がこっちを見て 「黒子お前も来るよな?いつがいい?」 とあたかも当然のように言ったので、呆気にとられてしまいました。「…いえ、僕はいいです」と断ると火神君は「え、なんでだよ、来いよ」と不満げに唇を尖らしたのですが、これは…どうやって黄瀬君の気持ちをばらさずに断ったらいいんでしょうか。 ちょうどそのとき僕の携帯にもメールの着信が来たので火神君の誘いをごまかすようにして見ると、送信者は黄瀬涼太。内容にはまさに「今度デートすることになった!ありがとう黒子っち!!」とありました。ああ、デート(笑)とか、黄瀬君、火神君は今そんなこと1ミリも思わず、僕にも同行するよう誘ってます。 頑張ってください、やっぱりかわいそうな黄瀬君、この調子だと前途多難な日々は続きそうですよ。 Aug.11.2012 |