ついに黄瀬君の頭がおかしくなったのかと思うようなメールが届いたのは、ちょうど朝練が終わり、火神君と並んで教室に向かう途中でした。


From : 黄瀬涼太
Subject : 突然だけど!
Body : きのう俺と火神っち付き合うことになったっスよ!!すっごい幸せっス!!火神っちにめぐりあわせてくれた黒子っちにはほんとに感謝してる!!


 黄瀬君ならまた大したことではないだろうと何気なく携帯を開いた僕は、その内容に不意打ちを食らいました。めぐりあうとかどこのJ-POPの歌詞ですか。驚きのあまりその場に立ち止まりましたが、火神君は僕が横を歩いていないことに気づくことなくそのまま先へ歩いていってしまったので、その背中と、手元のメールの文面を何度か見比べます。このメールは、どうも、黄瀬君と火神君がそういう関係になったというようにしか読めないのですけど。

 確かにメールアドレスを僕が教えはしたものの、数度しか会っていない二人、ましてや男同士がいつの間にかそんな関係になるとは、それはいくらなんでも突拍子もなさすぎるような気がするのですが。あの火神君のことなので、ひょっとしたら黄瀬君が「付き合って」と言ったのを「バッシュ買いに行くの付き合うレベル」だと思ってるとかそういう可能性も捨てきれません。いやでもさすがにそこまで日本語が不自由ではないと信じてはいるのですが。

 僕が遅れて教室に戻ると、火神君は「お前どこ行ってたんだよ、てか途中まで一緒に歩いてたよな?どこで消えたんだ?」といつも通りの様子で聞いてきました。
 僕の影が薄いのは今に始まったことではないからいいとして、朝練のときの火神君の様子を思い返しても、特に普段と変わりがなかった気がしたのですが、授業が始まってから黄瀬君のメールの内容を踏まえて火神君を観察してみると、確かにいつもより落ち着きがないようにも見えます。授業中も普段ほど眠り続けず何度か起きて窓の外を眺めたりしてましたし、普段はほとんど見もしない携帯を今日は休み時間ごとに3回は開いてました。そして僕は火神君を午前中ずっと観察し続けたせいで普段のように眠れず、妙に疲れました。

 昼休みになるとちょうど屋上でふたりきりになれたので、いつものように同じ人間とは思えない速さでパンを飲み込んでいく火神君に、「黄瀬くんと付き合い始めたって本当ですか」と聞いてみたところ、火神君は盛大に詰まらせて苦しそうに咳込みました。気管に入ったのかけっこう長いこと咳込んでて、大丈夫か心配になってくるレベルでした。こんなことで相棒を失うとか、とんでもないです。
「あー、もう、はぁ……何で知ってんだよ」
「黄瀬くんからメールが来ました」
 そう言って朝来たメールをそのまま見せると、火神君は大きなため息をついて
「なんですぐ言いふらすんだよアイツ…」
と言いました。否定しない、ということはこれは黄瀬君の勘違いなどではなく、本当にそういうことのようです。僕の無言から何か感じとったのか、火神君は
「そーだよ、悪いか」
と拗ねたように言って、またパンを頬張り始めました。
「いえ、ただ、驚きました。いつの間にそんな関係になっていたのかと」
「俺もよくわかんねーけど」
「昨日会ったんですか」
「いや、昨日、電話で」
 本ばかり読んでいるせいか、告白というと「放課後の校舎裏に手紙で呼びだす」なんていうイメージを勝手に持ってましたけど、そうですか、電話。そういう関係って電話だけでも成り立つものなんですね。それに、そもそも、ふたりで電話とかしてたんですね。想像がつきません。
「黄瀬から彼女いるのかとか聞かれて、いないっつったら、そういうこと言われて」
「はあ」
「それで、俺も、みたいに答えて」
「え、火神君も黄瀬君が好きだったんですか」
「好きっつーか…なんか、あいつ、気になるだろ?…ほら、頼まれたら叶えてやりたくなるっつーか…」
 いや、僕は別に全然そんなことないですけど。でもそんな風に仕方なく付き合ったみたいに言ってますけど結局火神君も好きってことなんですよね、そうじゃないとOK出さないですよね?
 もともと二人ともそういう性癖を持っていたのかどうか知りませんが、僕を通して二人が知り合ったからには、高校生ゲイカップルを生み出してしまった責任が自分にあるような気がして、どうも落ち着きません。
「あ、でも!別に、今までとなんも変わんねーからな!黄瀬と試合やっても手抜いたりしねーよ!」
 黙っている僕に何を思ったのか、火神君はあわててそう付け加えました。いや、その点の心配はまったくしてなかったんですが。

 そのときちょうど火神君の携帯のバイブレーションがメールの着信を知らせて、どうせこれも黄瀬君なんだろうなと思いました。そういえば僕は朝の黄瀬君の浮かれた報告メールに返信していないことを思い出しましたが、毎回返事をするわけではないのはいつものことなので、別にいいかと思いスルーすることにしました。この件に関しては僕の存在はいつも以上に忘れていただけるとありがたいです。



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From : 黄瀬涼太
Subject : 昨日
Body : 初めて火神っちの家行った!!広い!!ごはんつくってもらったっス!!!火神っちめっちゃ料理上手!!惚れなおしたっス!!!


 だ か ら ど う し て わ ざ わ ざ 僕 に 報 告 す る ん で す か。そういうのは自分のブログにでも書いてください。

 付き合い始めの報告以降も、黄瀬君からのメールはちょくちょく来ましたが、だいたいそう言いたくなるような内容がほとんどでした。「火神っちがマジバおごってくれた」だの、「火神っちと買い物してきた」だのなんだの。人をふたりの記念碑扱いしてませんか、このモデル。

 確かに高校生ゲイカップルを生み出してしまった責任はすこし感じましたが、正直なところ、知人同士の詳しい恋愛事情はあまり聞きたくないのが本音です。
 しかも昨日だって日曜とはいえ朝から夕方までしっかり練習があって、僕なんかはすっかりくたびれて終わった後はもう帰って寝るだけでしたのに、あれから二人で会うとか、なんなんですかその原動力。たぶん聞いたら黄瀬君が「愛っス!」とか10秒で返信してくるので聞きませんけど。
 それにしても早くもお家デートですか。高校生なのに。これだから一人暮らしは展開が早いですね。火神君は何も話しませんが、僕の知らないとこで二人の関係が進展していると思うとやっぱりむず痒いものがあります。

 また昼休みに、今度は火神君がむせないように、しっかり飲み込んだタイミングで声をかけましたが、飲みこんだかと思うとすぐにまたかぶりつくのでなかなか難しかったです。
「きのう黄瀬君が遊びに来たそうじゃないですか」
「…なんでいっつもお前に筒抜けなんだよ!」
「僕だって別に知りたくないんですが、逐一、報告が送られてくるんです。やめさせてくださいよ」
 黄瀬君のメールを見せると火神君は「うわ」と眉をしかめて、そのあとちょっと照れたように顔をそむけました。惚れなおした、に反応しないでください。僕は被害を申告してるんです。
「ふたりで家で何するんですか」
「…別に、友達と変わんねーよ。飯食ったりとか、DVD見たりとか」
「そんなもんですか。帰国子女なのにおかしいんじゃないですか」
「なんだよその偏見!」
「で、二人きりだと黄瀬君のことなんて呼んでるんですか」
「え、普通に、黄瀬、だけど」
「帰国子女なのに」
「悪いかよ!!」

 火神君を適当にからかって憂さ晴らしをしながら、そういえば二人の関係について火神君は(自分からは話したがらないとしても)僕に話すことができますが、黄瀬君は周囲に話せる人が誰もいないんだということに気が付きました。誰かと付き合ってるのがばれたら仕事でも大問題でしょうし。ましてや相手は男。彼なりに抱えこんでいることもあるのでしょう。そもそも仕事でも学校でも出会いだらけで、誰でも選び放題な黄瀬君がよりによって相手に火神君を選んだという点で、かなり歪んでいるような気がします。でもそれがたぶん、見た目、外聞、常識、そういうものをすべて捨て去ったうえでの、黄瀬君なりの選択ということなのでしょうけど。




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From : 黄瀬涼太
Subject : さっき
Body : 火神とケンカした!!もうだめかも。アイツ急に怒るしわけわかんねっスわ。


 黄瀬君と火神君が付き合い始めてからまだ1カ月しかたってないというのに、今度はこんなメールが届きました。しかも夜中の1時。ほんとに何やってんですか君たち。あと黄瀬君、呼び方戻ってますよ。

 翌日の朝練では、やっぱり火神君は自分からは何も話しませんでした。ただ、何度もダンクを叩きつけていて、言われてみればいつもより荒っぽいような気もしますが、もともと荒っぽいのでよくわかりません。そんなことを考えてたらカントクに集中しろと叱られました。そして朝練を終えて荷物を取りに行ったら、また黄瀬君からのメールです。


From : 黄瀬涼太
Subject : おはよう!
Body : 火神っちどうしてる?


 今回は報告ではなく、逆に報告を求められています。ありのままに「今日も元気にバスケしてます、ダンク決めまくりです」と返そうかと思いましたが、黄瀬君がもっと他の、「悩みがあるのかいつもより元気がないです」とか「バスケがおろそかになっています」とか「食欲がないみたいです」みたいな返事を欲しがっていることは明確なので、ちょっと思いとどまりました。
 部室で着替えて教室に行こうとしたのですが、火神君がいつの間にかどこに行ったのか、まだ部室にも戻ってきません。体育館の裏を探したら、水道で顔を洗っていたのか、まだ着替えもせずに、出しっぱなしの水を見ながらぼんやりしている火神君を見つけました。

「水の無駄ですよ」
「…うわっ、お前いきなりくんなよ」
「さっきからいましたよ」
「ほんとかよ」
 嘘ですけど。火神君はそれ以上深く突っ込みもせず、蛇口を締めて、タオルでガシガシと顔を拭きます。
「黄瀬くんとケンカしたって聞きましたよ」
「あー…そっかお前に何でも筒抜けなんだよな…。黄瀬なんか言ってた?」
 奇しくも黄瀬君と同じようなことを聞いてきます。
「火神君が急に怒った、とか」
「なんだよそれ、あいつもマジギレしてきたくせに」
「展開早いですね」
「なにがだよ」
「もう別れるんですか」
「別れねえよ!!」
 火神君が思ったより大きい声を出して、火神君自身もびっくりしたみたいでした。周りに誰もいなくてよかったです。今のとこだけ誰かに見られたら僕と火神君が朝から別れ話してるみたいでちょっと気持ち悪いことになりますし。
「ところで、どうしてケンカなんかしたんですか」
「別になんかあったわけじゃねえけど」
「でも何か原因があって怒ったんでしょう」
「…昨日あったってわけじゃねーけど…やっぱあいつが、女子に囲まれてべたべたされてるの見たり、撮影の話とか聞くと世界がちげえなって感じして」
「それにイラっときたわけですか」
「イラっとっつーか…まあ、そうか、そうだよな。あいつがああいうやつだって、そんなの最初からわかってたはずなんだけどな」
 アンニュイな感じで似合わないため息をつく火神君に僕は、反射的にわき腹にイグナイトをお見舞いしていました。
「いってえ!なんだよ!」
 よほどいい場所に入ったのか、火神君は痛みのあまりうずくまってます。思ったより効いたようです。こんな大男を一撃で倒せるなんて僕も強くなったものだと感慨深く拳を眺めました。
 今うっかり勢いで一発決めてしまいましたが、僕が手を出してしまったのは、確かに二人の進捗報告はもううんざりですし痴話喧嘩も勝手にしたらいいとは思っても、それでも、火神君は僕の大事な相棒であって。黄瀬君にはきっと黄瀬君の事情があるのであって。

「君は、全然わかってませんよ」
「なんなんだよ!」
「君は全然わかってませんよ、どうして女子に囲まれてべたべたされたり撮影で違う世界に出入りしている黄瀬君が、他の誰でもなく君を選んだのか」

 それを聞いた火神君は柄にもなく何かを考え込んでいるようで、うずくまったまま動きません。でも心根が優しくて人の気持ちを思いやれる火神君なら、きっとすぐに黄瀬君とも仲直りできるでしょう…と相棒を信じて僕がその場を静かに立ち去ったところ、しばらくしたら背後で「って、聞いてねえし!黒子どこ消えたんだよ!」と火神君が騒ぐのが聞こえました。どうやら何かかっこいいセリフを吐いたらしいのですが、聞こえませんでした。まあ、どうせ「そうだな、やっぱ俺は黄瀬のこと信じてるから」とかそんなんだろうからどうでもいいです。続きは僕じゃなくて自分の日記に書いてください。

 それからたまには黄瀬君のメールに返信しようかと思い「火神っち、どうしてる?」のメールに対して「火神君は別れたくないって言ってます」と返してみました。せいぜい末長く爆発してください。




 結局それからも火神君は一日中そわそわしていて、いい加減後ろから見ていてうんざりしてきたので「黄瀬君に連絡したんですか?」と聞いたところ「いや、まだ。部活終わったら連絡する」と言いました。それなら今日は火神君は部活終わったらさぞかし急いで帰るんだろうと思いながら、放課後、部活に行くまえに廊下の掃除をしていたら、なにやら周囲が急に騒がしくなり、女子が大勢「校門のとこに黄瀬涼太来てるって!!」「え、撮影?プライベート?」「こないだも来てたよね!」「ヤバい!見てきた!ヤバい!超かっこいい!!」と連れだって廊下を走っていきました。…まあ、確かにある意味彼はヤバいんですけど。

 廊下の窓から外を覗いてみたら、確かに、校門の横にたたずむ黄色い頭が見えます。そしてすでに周囲を女子にかこまれて、通常運転でヘラヘラと対応しています。黄瀬君がうちの学校に来たらこうなるのが目に見えてるのに、こういうところに火神君がイラついたからケンカになったというのに、なんで来たんでしょうね。あんまり考えてないんでしょうかね。というか今の時間ここにいるってことは、黄瀬君、午後の授業はどうしたんでしょうね。どうせ火神君の「別れたくない」を知って気持ちが盛り上がって、我慢しきれずに来ちゃった☆ってところでしょうか。盛り上げるようなメールをしたのは僕ですが、まさか来るなんて。待てのできない犬、というイメージが脳裏に浮かびます。

 黄瀬君が来たことを火神君に教えるべきか、と思った瞬間、窓の外を、見慣れた赤い髪がすごい勢いで走っていきました。こぼれたボールを追うような勢いで、校門のほうへまっすぐ、そして女の子の波をかきわけ、ああ、驚いたように身をすくめた黄瀬君の手をつかんで。ちょっと何か言いあった後、火神君が黄瀬君を引きずるようにしてそのまま学校を出て、窓からは見えないどこかへ二人で走り去ってしまいました。
 取り残された女子の皆さんは呆気にとられているようです。火神君、明日いろんなひとから文句言われたりしそうですね。というか、部活どうするんでしょう、火神君。ちょっとなら僕がカントクごまかしますけど。


 そういえば黄瀬君のお付き合い宣言を受けてから、僕は彼らが二人でいるところを見たことがなかったんですが、実際見たら思ったより普通でした。あたりまえのことではあるのですが、自分がよく知る二人そのままでした。もっと複雑な、目を背けたくなるような気分になるのかと思っていましたが、そんなことはなく、むしろ何にでも要領がよすぎる黄瀬君が火神君相手に苦戦してるのは愉快ですし、直情型なはずの火神君が二の足を踏んでいるのも、同様に見ていて楽しくもあります。
 らしくないことを繰り返しながらも、ああやってどうにか互いを理解しようと努めながら進んでいくなんて、思い合ってるというのは案外いいものなのかもしれません、だなんてちょっと思ったりもします。

 だからといって、これ以上、二人の進展の報告メールももう受け取りたくないですし、僕はこの先誰かと付き合うことになっても、ああいうふうに周囲に迷惑をかけるカップルにだけは絶対になりたくないと思うんですけどね。












Nov.9.2012