学校行って、今日は部活がなかったから代わりに撮影が入ってて。それで東京まで出て、やっと仕事が終わったのが20時過ぎ。その後カメラマンさんから焼肉いかないかって誘われたけど、あーもう疲れた火神っちに癒されたい!て気分だったから、誘いは断って火神っちに「これから行っていい?ご飯食べさせて!!」てメールした。

 返事がなかなか来なかったけど、もう返事聞く前に火神っちの家に向かっちゃってるし、オレが急に火神っちの家に行くのはこれまでにも何度かあった。そのたびになんだかんだで甘やかしてくれてたから、ま、明日は休みだし特別な試合があるとかは聞いてないし、オレには甘いから平気っスよね☆、て感じでこれまでのアレコレを思い出してちょっとニヤニヤしながら、火神っちの住む豪華なマンションのエントランスに着いた。もうエントランスの暗証番号は火神っちから教えてもらっちゃってるので、そのまま通って部屋まで向かって、インターホンを押す。ちょっと待ってたらスピーカーから「はい」って火神っちの返事があった。オレが来たって気づいてないっぽい。やっぱりメール見てないんスね。

「こんばんは〜火神っち」
「え?黄瀬?」
「撮影で東京来たから来ちゃったッス。さっき行っていいかってメール送ったんだけど、見てないッスか?」
「わりぃ、気づかなかった…あー…どうすっかな…えーっと…ちょっと待て、とりあえず開けるわ」

 え、「どうすっかな」ってなんスか。それに、いつもと声のトーンも違うんスけど。なんかタイミング悪かったっスかね。それともオレ何かしたっけ?思い当たることはないけど。
 声色に戸惑ったけどすぐにドアは開いて、会いたかった火神っち(2週間ぶり!)が出てきたので飛びつこうとしたら「待て!」と思いっきりつっぱねられた。なにこれ!傷つくんスけど!「ちょ、何するんスか!」と抗議したら火神っちが小声で
「今タツヤ来てんだよ」
と言った。

「タツヤって…、え?」

 ちょうどそのとき奥から「タイガ?」と、あとなんだかムニャムニャしたよくわからない言葉が聞こえて、火神っちの肩越しに覗いたら、廊下の奥から見たことある顔がのぞいた。あー…タツヤって、陽泉の。氷室ね。ていうか、火神っちの胸のリングの、ね。

 氷室の首に今も同じのが光ってるのを確認したけど、それと同じくらい見逃せないものを発見してしまった。氷室が着てるそのTシャツ、オレのだし。いや、厳密に言うとオレのじゃないんスけど、前に火神っちの服見せてもらったときに「これオレいちばん好き」って言ってから、泊まりに来た時によく借りてるやつ。え、火神っち、それ誰にでも貸すんスか?なんでオレ用に取っといてくんないんスか?

 そんな痛手を受けてるオレには構わず、火神っちは振り返って氷室に向かってやっぱりなんかムニャムニャ言い出した。あ、これ、英語?うわ、マジでふたりだと英語しゃべるんスね…かっこいい!!…って普段のオレなら思うんだけど、ちょっと今だと疎外感しか感じないかな、みたいな…。そんなオレの気持ちをやっと感じとったのか、火神っちはオレにもわかる言語に切り替えて
「ほら、黄瀬だよ、海常の。前にウィンターカップで会ったことあるだろ」
と言った。
「ああ。それにアツシからもよく聞いてるよ。よろしく」
 氷室も同じく副音声に切り替えて、オレに向かってすたすた歩いてくると、自然な動作で握手を求めてきた。アメリカンっスねと思いながらも、「あ、ども」とぎゅっと握り返す。火神っちとは違って、冷たい手だった。



 氷室が先にリビングのほうに戻ると、靴を脱いでるオレに火神っちが「てか、黄瀬、どうしたんだよ急に」と聞いてきた。
「…えーっと…おなかすいて」
「はぁ?まだ夕飯食ってねえのかよ」
「だって今日ずっと撮影あって…」

 メシだけじゃなくて火神っちに会いたかったから、まっすぐここまで来たんスよ!!今日オレほんとに腹減ってたけどカメラマンのおっさんの焼肉も断ったんだから!!そもそもこないだの週末会えなかったのだって誠凛の練習試合が急に入ったからじゃん!それに氷室が来るなんて全然知らなかったんスけど、なんでそういう予定オレに前もって教えてくれねーの?!

 …って言おうかと思ったけど、なんだかそーいう普段なら許されている態度も、同じ家の中に第三者がいるってだけで、そんなこと言ったらすごく子供っぽくて図々しいような気がしてきた。いくら氷室には聞こえないように言ったとしてもね。
 だから「それに、か、火神っちに会いたくって、ごめん」ってだけ、小さい声で言ったら、火神っちはオレの殊勝な態度が珍しかったのか、ちょっと嬉しそうに
「…………ばか。なんか作るから待ってろ」
とオレの頭をわしゃわしゃと撫でて、キッチンに行ってしまった。ホント、単純っスね。


「おじゃましまーす」と一応宣言しながら勝手知ったるリビングに行くと、それまで火神っちと氷室は二人でNBAのDVDを見てたっぽかった。DVDはいったん再生を止めたらしく、氷室はソファにくつろいで座って、膝にバスケ雑誌を広げている。DVDと雑誌。物が少ない火神っちの部屋の二大娯楽だ。

 火神っちはあんまり自分から昔の話とかしないけど、たまーに出てくるアメリカ時代のエピソードにはだいたい「よくこういうストバスコートにタツヤと行ってさ」とか「このバンドのアルバム、タツヤが持ってた」みたいに、この氷室が出てきた。でも、いくら幼馴染で仲良かったとしても、おそろいの指輪とか、兄弟の約束までするってちょっと変だと思うんスけど。それともアメリカではそんなの日常茶飯事なんスかね…。

 火神っちを昔から知ってる仲だからかもしれないけど、オレがよく借りてるTシャツを着て雑誌をめくっている氷室は、もともとここに住んでたみたいに風景になじんでいる。オレが苦労してやっと入りこんだ火神っちのスペースに、最初からすっかり溶け込んでるみたいな氷室に対して、どうしても苦々しく思う気持ちは消せなかった。
 それに、あの火神っちの胸に光るリング。あれが誰にもらったものだと知らなかったときに、ベッドサイドに置いてあったリングを「これオレも似合うでしょ」ってふざけてつけてみようとしたら「触んな」って取り上げられたことがある。アレはけっこう傷ついた。しかもよりによって初エッチのあとだった。甘い思い出になるはずだったのに、あの部分だけは苦い思い出だ。今思い出してもちょっと痛い。

 そんなオレのフクザツな気持ちはともかく、火神っちがキッチンに行ったせいでオレは氷室とリビングに二人きりになってしまったわけで、火神っちがいつも氷室のことを兄貴みたいなもんだと言ってたから、ある意味カノジョの家族と二人きりみたいな、つまり付き合い初めの関係には一番避けたいシチュエーションになってしまった。そう思うとやたら緊張してくる。オレと火神っちの関係は黒子っち以外はまだ誰も知らないはずだから、氷室はそんなこと思ってないだろうけど。とりあえず無難にバスケの話でもすりゃいいっスかね、と考えてたら
「黄瀬君って、突然家に遊びに来るなんてタイガと仲良いんだね?」
って、急にこっちに振り向いた氷室から先攻キメられた。え、なんなんスかこれ、笑顔で言われてるけど、暗にオレ「急に来るなんて非常識」みたいな感じに責められてる?
「あー…、いちおう、来る前にメールはしたんスけどね、気づいてもらえなかったみたいっスね」
「海常は神奈川だよね。遠いのによく来たね」
「そんな遠くないっスよ!それに仕事でよく東京来るし、今日もそうだったんスよ」
「ああ、そういえば黄瀬君はアイドルやってるんだっけ?」
「ちがっ、アイドルじゃなくてモデルっスよ!モデル!…あ、ねえ火神っち!オレが載ってる雑誌持ってるよね!?どこ?部屋にある?」
 こないだ巻頭でマジメに特集組んでもらった雑誌とか見せて、ちょっと見返してやりたい!と思ってキッチンにいる火神っちに声をかけたら、フライパンを振っていた火神っちには「あー?後でいいだろ」と冷たく言われてしまった。
「今出して!ねえ、どこにあんの?部屋?取りに行っていい?」
「今手ぇ離せねえから後にしろよ」
「えー…」
 いつもだったらもうひと押ししてわがまま通すんだけど、背後から氷室の視線を感じたからグッとこらえた。
「見てもらいたい雑誌あったんスけど…火神っち忙しいみたいなんで。じゃ、後で」
「黄瀬君、タイガのことカガミッチって呼んでるんだね」
「そうっスけど、なんスか」
「いや、かわいいなと思って。オレもカガミッチって呼ぼうかな」
 氷室はそう言ってクスクス笑った。火神っちって呼ぶのはオレだけの特権だからやめてほしいんスけど。(しかも氷室が発音するとなんだかイブラヒモビッチとかそーいう外国人の名前みたいに聞こえる。)

 それにしても、なんていうか、氷室ってこう笑ってるの見ると、ミョーに雰囲気あるっスね…。ガタイは男だけど、かっこいいというより美人って感じ。いかにも女の子に好かれそうな…。もちろん顔ではオレだって負けてない、いや、勝ってるとは思うっスけど。でも、火神っちが昔からこの人のことばっか見てるせいでメンクイになって、だからオレの気持ちにも応えてくれたんだったらどうしよう、とかよくわかんない心配まで浮かんでくる。いや、まさか、そんなことないっスよね…。

 氷室は見た目の印象より社交的なのか、それからもオレになんだかんだと話しかけてきた。そのついでに氷室がなんでここにいるのかも聞いたけど、大学の下見だかなんだかで、とにかく今回はバスケとは関係ない用事で東京に来ることにしたらしい。ホテルを取るつもりだったけど、東京行くって言ったら「タイガ」が「どうしても」泊まってけって言うから、らしい。へー…。仲良いんスね…。

 そんな話をしてたら、火神っちが来て「ほら、黄瀬できたぞ、食え」って、オムライスを出してくれた。あーもう超幸せ!愛を感じる!愛しか感じない!!火神っちみたいな彼氏がいてオレ超幸せ!ありがと!大好き!って抱きついて言いたいけど今日は我慢するっスよ…。

 オレが食べてる間に二人はまたDVDをつけて、並んでソファに座って観はじめたけど、オレに気を使ってるのか、今度は日本語で話していた。たまーに英語の単語が混ざったりはしてる。氷室と話してるときの火神っちはゆるみきった笑顔で、しかもオレといるときより自分から積極的にしゃべってるような気がした。オレといると、オレがずっとしゃべってて、火神っちが相槌打つって感じだし。そんな二人の様子を見ていたら、オレには入れない世界を見せつけられてる気がして、たまらなくなってきた。

 詳しくは知らないけど、この二人は仲違いしてた期間がしばらくあって、仲直りしたのはつい最近っていうのはちょっと聞いた。だから、こうやってふたりでソファに座ってNBA見て、たまに英語でしゃべったりなんかするのも、たぶん大事な時間の空白を埋めるみたいな感じなんスよね。火神っちも嬉しそうだし、俺もそこは変に勘ぐって嫉妬したりしたくない。
 ただ、今も胸で存在を主張するお揃いのリングとか、兄弟の誓いとかは、どうかと思う。ぶっちゃけ、キモチワルイ。お付き合いしてる身としては他のやつとそーいうことすんのはたとえ恋愛感情がなくてもやめてほしいってのが、正直なところ。
 でも、きっとそこは、オレがどんな真似ごとしたって、たとえ代わりに高価なシルバーリングをプレゼントして、英語がしゃべれるようになって、火神っちにアイラブユーってすごい発音で言えたとしても、きっとオレには埋められない部分なんスよね…。火神っち、オムライスおいしいけど、目の奥がツーンってして、なんか味がだんだんわかんなくなってきたっスよ…。


「オレ、もう帰るっス」
 食べ終わったらすぐにバッグを持ってそう宣言すると、火神っちが「なんだよ、もう遅いんだから泊まってけよ」と言ってきた。
「まだ電車あるし、大丈夫っスよ!じゃ、氷室…さんも、また」
「またね」
 髪で顔はよく見えないけど、氷室はバイバイと手を振った。火神っちはオレを玄関まで追ってくる。
「…おい、黄瀬、拗ねてんのか?仕方ねーだろ。タツヤは前から約束してたんだし」
「拗ねてねーっスよ、もともと明日朝から練習あるし、泊まりはビミョーって思ってたんスよ。ほんとに。だからあとは兄弟水入らずで楽しんで。ごはんありがと。じゃね」

 火神っちはまだ何か言いたそうだったけど、オレはそのままスルーして玄関を出てドアを閉めた。わざと傷ついてますアピールみたいな、心配かけるみたいな態度してごめん。明日の練習だってほんとは午後からだし。拗ねてないって言ったけど、拗ねてるようにしか見えないっスよね。ま、実際は拗ねてるっスからね。だって会いたくて行ったのに邪魔者がいたらそりゃ誰だって拗ねるっスよ。でも氷室と水入らずで楽しんでって思ったのも、ほんとの気持ちなんスよ。

「…あーもう、何やってんスかね!オレ!!」

 ウジウジ考え込むのが急にイヤになってきて、考えを振り払うように早足で駅に向かった。あーもう、あのふたりの絆はわかるけど、火神っちの嬉しいことは邪魔したくないけど、なんかめっちゃ悔しい。よくわかんないけどこの敗北感、なんスかね!?てかあのひとオレが火神っちと付き合ってるって気がついてるような気がするんスけど!二人で話してるとき、あの片方しか見えないのに異様に目力のある目で、いちいち点数つけられてるような気がすごくした!それで、たぶんオレ、今回あんまりよくない点数だと思うんスけど?!

 いや、そうだとしても、今回の敗因は準備不足というか、火神っちの彼氏として最近甘え過ぎて気を抜いてたみたいなとこがあると思うんスよ。だから今度はちゃんと前もって約束して、手土産持って、オレが載ってる雑誌ファイリングしたブック持って、非の打ちどころのない完璧なスマイルで言うんスよ、「弟さんといつも親しくお付き合いさせていただいてます黄瀬涼太です」って。
 もしくは今度陽泉と当たったら、あの人の技も全部コピーして、それでダブルスコアくらいで叩きのめして(ごめんね紫原っち!)、試合後に「これからは弟さんのことはオレに任せてほしいッス!」って言うとか……あー、こっちのほうがいいかも。バスケならオレあのヒトには絶対負けないっスからね。正直、明日の練習めんどくさいなーなんてちょっとだけ思ってたけど、こーなったら練習がんばるッスよ…。

 ―――と誓ったところで駅についたら、ちょうど火神っちからメールが来た。さっきちょっと傷ついた感じで別れてやったから、今頃オレを軽んじたことを反省してるかな、なんて思いながらメールを開いたら、やっぱり「今日はあんま相手できなくてごめんな」と書いてあってオレは少し得意な気分になった…けど、下の行に「タツヤも黄瀬にまた会いたいって言ってるぜ!」って書いてあって一気にげっそりした。

 あのひとがオレにまた会いたいとか、ちょっと怖いんスけど?!そんなんぜったい社交辞令か品定めっしょ?!ちょっと文章のテンション上がってるけどこれ火神っち的には喜ぶべきポイントなんスか?!オレは光栄に思うべきなんスか?!

 こうなったら絶対どーにかして陽泉の試合映像入手して、公式戦がないなら練習試合でもなんでも組んでもらって、技コピーして直接叩きのめしてやるスよ…今度はコート上で会おうじゃないっスかお兄様…と心に決めて、オレは桃っちに情報提供依頼のメールを打ちながら、定期をひっぱたくようにして当てて改札を通った。






May.4.2014