夢 で 逢 え て も
それなのにどうしたことか、この2、3カ月、夢をみた夜にイギリスは100%の皆勤賞で出てくるようになった。それも彼は必ず、俺がヒーローらしい冒険やロマンスの夢をみて、ここぞクライマックスっていうときに、すべてをぶち壊しに現れる。今朝のラブシーンでもそうだけど、他にも、ヒロインとふたりで数々の困難を乗り越えてやっと密林の遺跡を発見したと思ったら、その中からイギリスが出てきたり。砲弾飛び交う戦場でヒロインの写真を胸元から取り出して勇敢に闘い抜くことを誓おうと思ったら、急に横にイギリスが現れて写真をビリビリに破いて「戦場は危ないから帰れ」と叱ってきたり。とにかく、そんなひどい展開ばかりだ。夢は自分自身の心の現れだっていうから、こればかりはイギリスのせいにはできないんだけど、腹が立つことには変わりない。 だから会議後にイギリスが平然と俺に話しかけてきたとき、俺は今朝の夢を思い出してなんだかイラッときて、「……最近、君がいっつも夢に出てくるんだけど」と脈絡なく口走ってしまった。 「…は?なんだよそれ、気持ちわるいな」 そう言いながらも彼が一瞬ものすごく嬉しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。確かに今の台詞はシチュエーションさえ違えば甘い口説き文句みたい聞こえるかもしれないけど、それで喜ぶ君こそ気持ちわるいよ! 「言っておくけど、悪夢だよ! 君、俺に何か、お得意の呪いとやらをかけたんじゃないだろうね?」 「あー、なるほど、お前もついに目に見えない力を信じるようになったわけか」 イギリスはひとりで納得して、満足げにうなずいている。ああもうこの人、いちいち腹が立つなぁ。 「違うよ。ただ、あまりに夢のなかの君がホンモノみたいに鬱陶しいから疑ってみただけさ」 「なんだよ、言っとくけど俺は何もしてないからな、アメリカ」 「そうだよね、もし君がそんな力を持ってるなら、俺じゃなくてまず日本に使うよね」 「…なんでここで日本が出てくるんだよ」 「別に、君の本音を代わりに言ってあげただけだよ!」 眉をしかめたイギリスにそれだけ言うと、俺は席を立った。ああ、ああ、鬱陶しいなぁ。 イギリスは必死に隠そうとしてるみたいだけど、彼の日本への思いなら俺はとっくに気づいてるんだ。ずっと前、あのふたりが同盟を組んで寄り添うにしていたときから、何となく気になってはいたことだから。 戦いが終わって俺がひとりで日本を管理してたときも、イギリスはたまに日本の様子を聞いてきた。それがいかにも何気ない風を装って、帰り際なんかに「あ、そういえば、最近、日本はどうしてるんだ?」って聞くものだから、俺には余計にそれがイギリスにとって重要な意味を持つ質問なんだっていうことがわかった。 その問いに対して俺はいつも「別に普通だよ」「変わりないよ」とか適当に答えていたけど、そうするとイギリスはホッとしたような、でもどこか物足りないような表情で、かといってそれ以上聞き出すようなこともせず、「そうか。別に、ただちょっと思い出しただけだ」と決まって付け足した。 そんな日本についての短い会話をするときイギリスはいつも、俺の背後の誰かを見遣るような目をしていた。そこには誰もいないのに。でもそのたびに、俺は日本の代わりにイギリスの前に立っているようで、イギリスが日本に向けているあたたかい気持ちが、代わりに俺にゆっくりと流れてくるのを感じた。俺にはその気持ちの正体がよくわかった。だってそれは、俺がずっと昔に彼から向けられていた、それこそ息苦しくなるほど向けられていた気持ちによく似ていたから。 席を立ってイギリスから離れた俺は、ちょうど会議室を出ていくところだった日本をつかまえて、通路の端の方に引っぱっていった。 「なんでしょうか、アメリカさん」 俺に引っぱられたスーツの袖を気にしながら、黒めがちの目が俺を見上げる。従順そうなのに、強い意志の宿る目。イギリスはこの目にやられちゃったのかな。ま、それは俺には関係ないからいいとして、俺は日本に聞きたいことがあったんだ。 「ねえ、夢の内容を自分で操れるマシンって日本にある?」 「ありません」 会議中は俺に従順なのに、技術面の話となると、若干呆れた様子で即答だ。でも俺はそんなことくらいじゃめげないよ。 「ないなら作ってくれよ!日本ならすぐ作れるだろ?」 「いや、でもさすがにそれはちょっと…」 「頼むよ、最近イギリスの悪夢ばかりみて困ってるんだ!」 ちょっとかっこわるいかもしれないけど、俺は日本に悩みのタネを正直に話してしまった。しかたないよ。だって、日本は情にすぐ流されてくれるからね。 「イギリスさんの悪夢ですか…アメリカさんが悪夢をみるって意外な感じがしますね」 「そう、ヒーローにあるまじき事態なんだよ」 期待通りに、日本はちょっと眉を下げて、同情するような表情を見せる。 「悪夢……それでしたら、まず、アナログですが、七福神試してみますか?」 「シチフクジン?なんだいそれ」 「七福神という私の国の神様7人を描いた絵を枕の下に敷くと、いい夢がみられるという伝統があるのです。普通はお正月に使うものなんですけどね」 「日本には神様が7人もいるのかい!」 「7人どころか数えきれないほどいます。神様というより精霊と呼んだ方がアメリカさんにはニュアンスが伝わりやすいかもしれませんが」 「そんなにいるなんて頼もしいね!で、その、シチフクジン、楽しそうだからさっそく試させてくれよ!」 イギリスの古くさい魔法にはうんざりだけど、日本のトラディショナルなアイテムと言われると何だかクールな気がしてわくわくしてくるから不思議だな。 「さすがにいつも持ち歩いているわけではないので、家に帰ったらアメリカさんの家にお送りします」 日本がそう約束して「それでは失礼します」と去ろうとすると、俺の後ろからイギリスが出てきて「おい、待てよ」と日本に話しかけた。話の内容は俺に関係ないみたいだったけど、途中でイギリスは横目でチラッと俺を見た。俺はその視線に妙な苛立ちを感じた。何が言いたいんだ、君は。何か言いたいなら言えばいいのに。 そうだよ、昔から君が日本を気にしているのも俺は気づいてるけど、ここ最近、君があらためて日本を意識しはじめたのにも、俺は気づいているんだ。だからって、それは別に俺には関係ない。気にする必要もない。そうだろう? 会議から数日たって、俺の家に、日本から筒に入った紙が送られてきた。丸まった紙を広げると、7人の神様(というには彼らはずいぶん人間くさい容姿だ)が、宝物と食べ物をやまほど積み込んだ船に楽しそうに乗っている絵だった。ベッドに横になって眺めていると、なんて書いてあるのかわからないけど筆で書かれた字は何だか力強いし、見ているだけでも楽しくて、これは効果があるかもと思えた。イギリスだって、日本の神様になら手が出せない気がする。 n e x t |