「いやだよ!」と叫ぶ自分の声で目が覚めた。時計を見ると、もう起きるにはちょうどいい時間だった。まだそんなに暑い時期ではないというのに、やたら汗をかいている。夢がまだ続いてるようで目覚めきらない頭を起こし、枕の下のすこしシワの入った紙を取り出して眺めた。残念だけど、日本の神様の力を持ってしても俺の悪夢は退治できなかった。それにしても「俺のところに戻ってこい」だなんて、あのセリフも俺自身の心が考えだしているのかと思うと、ゾッとするよ。俺はちょっと、映画の見過ぎなのかもしれないな。

次の会議の後、俺は日本に筒を返して、結果を話した。
「残念なニュースだけど、七福神の船が、海賊姿のイギリスに襲われたよ」
「………それは災難でしたね」
夢を簡単にまとめた俺の報告は結構シュールなものだったけど、日本はそれだけですべてを察したらしく、他に何もつっこんで聞いてはこなかった。
「まさかイギリスが日本の神様まで襲うとは思わなかったな。やっぱりマシンを作ってくれよ。頼むよ日本!」
「そうですね、実現したら商品展開もできそうですし…。試しにやってみますか」
「なるべく早く頼むよ!」
「…おい、何話してんだよ」
さっきから部屋のすみで俺達が話すのをやきもきしながら見ていたイギリスが、低い声で急に間に割り込んできた。なんだろう、イギリスの話をしてると思ったのかな?それとも俺達がデートの約束でもしてると思ったの?
「日本と新しいマシンを共同開発する話をしてたんだよ」
「まあ開発するのは私ですけど」
「…何のマシンだよ」
「アメリカさんのご要望で、夢の内容を自分で決められるようにする機械です」
「へぇ…お前らって変なもん作るなぁ」
俺達の話の内容が意外だったのか、いかにも不機嫌だったイギリスの声色が和らいだ。ひとりで沈んだり浮かんだり、ほんとに無駄に忙しい人だなぁ。
「イギリスも参加したいのかい? あ、じゃあ日本、イギリスに実験台になってもらえば?」
「なに言ってんだよ、アメリカ!」
「実験台ですか…」
日本があごに手を当てて考え込んでいる。俺は言ってはみたものの、そんな機械の実験なんて実際にどんなことをやるのかピンと来ない。ただ、なんとなく半裸になってベッドに寝そべるイギリスと、白衣を着て聴診をする日本の姿を思い浮かべた。あ、なんか、これじゃイギリスが大喜びしそうでおもしろくないな。
「日本、ど、どうしても必要だっていうなら、俺が協力してやらないこともないぞ…」
見るとイギリスは顔を真っ赤にしてそんなことを言っている。どうせ彼も俺と似たような状況を考えたんだろう。いや、エロ大使だから、もっと俺の想像力なんか及びもしない域かな。
「あ、でもやるからにはさ、夢の内容とかちゃんと正直に話さないといけないよね。イギリスって日本に夢の内容話せるの?」
「おまえ、俺がどんな夢みてると思ってんだよ…」
そりゃもちろん、イギリスのことだからいやらしい夢ばっかりみてると思う。日本が機械を完成させたらイギリスもまともな内容の夢をみるように矯正した方がいいんじゃないかな。そう提案しようかと思った矢先、日本が言った。
「あの、すみません、安全な実験とも言い切れませんので、イギリスさんのお力を借りることでもないかと思います。わざわざ遠方からうちに来ていただくのも申し訳ないですし」
「そ、そうか」
「残念だったね、イギリス」
俺がイギリスの肩をポンと叩いて耳元で囁くと、イギリスは、なんだよっ、ばかぁ!と俺につかみかかってくる。やつあたりはやめてほしいな!俺達のつかみ合いをやめさせたいのか、関わりたくないのか、日本があわてて口を挟んできた。
「あっ、ではアメリカさん、できるだけ早く完成するよう、尽力致しますね」
「日本、ありがとう!」
俺がそう感謝を述べて、屈んで、日本の頬にキスすると、悲鳴をあげたのは日本じゃなくてイギリスだった。

それにしても、日本はイギリスの気持ちに気づいているんだろうか。俺ですら気づくんだから、人の気持ちを感じ取るのに長けた日本が気づいてないわけがないだろうと思う。でもひょっとしたら好意には気づいていても、さすがにそこまで思い詰めた気持ちだとは思ってないかもしれないな。たしかにイギリスはここ最近日本に親しくしようと試みてるけど、かといって強引にアプローチしているわけでもないみたいだし、そもそも男同士だし、意外と張本人っていうのはピンと来ないのかもしれない。
今は日本は別に迷惑がってる様子もないけど、あのイギリスの気持ちを正面から受け入れるのは重いんじゃないだろうかと、俺は他人事ながら思う。だって俺がその昔に彼の保護下で暮らして、一身に彼からあの息苦しくなるほどの重い感情、いわゆる愛情というやつを寄せられていたときには、彼から離れたくて仕方がなかったんだから。



二カ月ほどしたある日、段ボール箱を抱えた日本が俺の家にやってきた。
「アメリカさん、ご所望の機械です」
「ずいぶん早く出来たね!」
「まあ『我が国の科学力はァァァ世界一ィィィ』ですからね」
「なんだいそれ」
日本はそれには答えず、箱をリビングに運んでくれた。箱を開けて梱包材をすべてはがすと、中からはピンク色で小さめの電子レンジが出てきた。
「これは何?」
「ですから、ご所望の機械です」
「電子レンジに見えるね」
「そうですね。実際の商品化にあたってはさらに精度を上げて小型化・軽量化しますが、アメリカさんがお急ぎとのことだったので、ひとまずある程度の効果が保証された試作品を持ってきました。ちなみに電子レンジとしても使用可能です」
「へぇ、さすが、多機能なんだなぁ!このマシンに名前はあるの?」
「製品名は『ユメミラレール零号機』です」
「ユメミ…?」
「ユ・メ・ミ・ラ・レールです」
「ユメミラレール…なんだか言いにくい名前だな」
「お気に召しませんか? 他には『星野夢実2009』『ときめき☆とぅないと』という案もありましたけど」
「じゃあいいや、ユメミラレールで」
「そうですか。では使い方を説明しますね。まずこの扉を開けて、中に夢に出したいアイテム、実際の物でも写真でも構いませんが、それらを入れ、扉を閉めます。そうしますと上部に付属しているカメラで自動的に形状を判別します。そしてこちらのヘッドセットを頭につけて、スタートボタンを押せば、脳にイメージを送ります。あとはオプションとして、こちらのつまみでイメージにエフェクトを設定することができます。モノクロ、セピア、オールドフィルム、シャイニング、ソフトフォーカス、レインボーの6種類をご用意しました。また、こちらの端子にはiPodを接続してBGMを設定することも可能です。現段階ではそこまでですね。詳しいストーリーの設定まではまだ至ってません。もしアメリカさんがこの中にビーチの写真とハンバーガーを入れた場合、そのままビーチでハンバーガーを食べる夢をみる場合もありますし、ビーチでハンバーガーにされる夢をみる可能性もあるということです。ただ、実験の結果、89%は希望通り・ほぼ希望に近い夢がみられたというデータが得られましたので、使用する価値はあるかと思います」
俺は滝のように流れる日本の説明に、呆気にとられるしかなかった。
「…いや、ほんと、すごいね!ありがとう。使ってみるよ。日本は使ってみた?」
「はい、私も一応希望通りの夢がみられました」
「どんな夢みたの?」
「スイスさんを………まあ、私のことはどうでもいいじゃないですか」
「えー、教えてよ!」
「言うほどでもない内容ですので」
俺はその後も何度も聞き出そうとしてみたけど、結局日本は夢の内容を教えてくれなかった。妙なところでかたくななんだから。

早速その夜、俺は『ユメミラレール零号機』をベッドサイドのテーブルに置いて、使ってみることにした。日本はわざわざ英語の説明書を置いていってくれたけど、ちょっとめくってもよくわからなかったから、あんまり読まずに設定しはじめる。
せっかくならヒロインはかわいいほうがいい。場所は…そうだな、海に行きたいかな。それだけじゃつまらないから、ジョーズや巨大クラゲなんかも出たりしてね。俺はかわいくてグラマーな水着の女の子が載っていた雑誌の広告と、ダイビングのパンフレット、海の生き物の写真を置いて、適当にスイッチを押して、扉を閉めた。


「やった!やったよ日本!夢にイギリスが出てこなかったんだ、ありがとう!」
翌朝、俺は早速日本に電話で報告した。結果は最高、希望の通りの夢だった。白いビーチにかわいいヒロイン、ジョーズ、巨大クラゲ、バトルをしてからハッピーエンド!イギリスが出てくる暇なんてなかった。おかげで目覚めもよかったし、気分もいい。妙な話だけど、自分を取り戻せたような気がする。イギリスからの第二の独立、みたいな気分だった。
日本は俺の報告を聞くと「ふふ、おめでとうございます。お力になれてなによりです」と満足そうに微笑んで、「あとは性能の向上と小型化ですね……特許取得手続きもしないと……」と呟いた。俺は今のクオリティでも十分だと思うんだけど!






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