宙に浮かんでいるような、クッションの上に立っているような、不思議な感覚だった。まわりの景色はまばたきをするたび、次々にスライドショーのように変わっていく。黄金の稲穂を実らせる小麦畑。セントラルパークの回転木馬。雨を知らない、乾いた赤土の大地。強い風を受けて、見渡すかぎりに続く花畑から、花びらがいっせいに舞い上がる。そのどれもが、息を飲むほど美しかった。
そして俺のそばには魅力的なヒロインも、敵のモンスターも、遺跡の探検隊も、誰もいない。ただ、目の前に、スーツ姿のイギリスがひとり立って、にごりのない緑色の目で俺をじっと見ていた。
「これ、やるよ。スコーン、焼いてきた」
彼はどこからともなく紙袋を取り出し、俺に差し出す。
「…ありがとう」
受け取って、素直に礼を言う。イギリスは目をほそめて柔らかく笑う。俺が彼に礼を言うのも何百年かぶりだけど、イギリスのこんな笑顔も、もう長いこと見ていない。その笑顔は、なぜか俺の胸を痛ませた。
「でも、君が好きなのは、日本なんだろ?」
痛みをごまかすように、俺はこんなかっこわるい、子供みたいな言い方をイギリスにしてしまう。でも、いいんだ。だって他には誰もいないから。誰に聞かれることも、邪魔されることも、ないから。するとイギリスは光る地面を一歩踏み出すと、手を伸ばして俺の耳に触れ、顔を近づけてきた。
「なに言ってんだよ、アメリカ、俺が好きなのはお前だろ」
それからイギリスはそのまま俺の首もとあたりに顔を埋めて、鎖骨に響かせるように囁いた。
「何百年も前から、ずっと、お前だけだよ」
イギリスの肩越しに見える空に、いつの間にか、虹が出ていた。太陽の光が差し、虹から七色の光がきらきらとこぼれ落ちる。この世のものとは思えない美しい景色。思い合うふたり。映画にしたら完璧なハッピーエンドだな、と思った。
ひょっとして、俺の夢は最初から、キャスティングを間違えていたんだろうか。俺は、炎上するビルから君を助けて、君とジャングルを探検して、君のために闘って、君とクルージングすればよかったのかな。それだったら君だって、俺の邪魔なんかしてこなかっただろう?
まぶたをかたく閉じれば、あれだけめまぐるしく変わっていた景色も見えなくなる。暗闇の中、彼の背に腕をまわし、存在を確かめるようにきつく抱きしめた。そのままイギリスのシャツの下に手を差し込むと、腕の中の彼が満足そうな声を出した。
俺の首筋に熱い唇を押し当てて、彼が囁く。
「アメリカ、お前を愛してるよ」




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