日本にこの気持ちを言おう。
国交開始150周年で何かと一緒に仕事をすることが多かった一年が終わり、俺は心に決めた。長年積もりに積もらせ、ひた隠しにきた片想いだが、そんな焦れったいばかりの日々にはもうピリオドを打って、新しい関係を始めたい。
それに、うまくいくという自信もけっこうある。特に最近は個人的な用事で会うことも多く、メールや電話の回数も増えたし、家を訪ねるときにバラを持っていくと日本は頬を染めて受け取ったりして、いい雰囲気が続いていた、と思う。気のせいでなければ。これは気のせいじゃないよな? うん。
自分に何度もこれはイケる今が伝えるチャンスだと言いきかせながら、日本と約束を取り付け、日本の家に行った。それが先々週のとこだ。

着くなり、遠路はるばる大変でしたでしょうと、客間に座らされ、茶やら菓子やらでもてなされた。その後、こちらが「言おう、今だ、言ってしまおう!」と心の中で葛藤していると、日本はそれを気まずい沈黙と思ったのか、空気を読んで新しい話題を振ってきた。そうするとそれに答えずにはいられなくなり、結局話は別の方向へ流れて行き、告白のタイミングは宙に消える。それが何度も繰り返され、日が暮れる。そうなるとそろそろ日も暮れましたので、という流れで、腹だけ満たして帰るハメになった。いったい何しに来たんだ、と思われたかもしれない。

そして先週も同じく約束を取り付け、まったく同じ経緯で言い出せぬまますごすごと帰ってきてしまった。ほんとうは、話を中断させても告げるとか、帰り際に告げるとか、探せばもっとタイミングはあったはずなのだが、情けないことに日本と話していると勢いがすっかり失われて、どうも踏み出せない。

いや、しかし、もうこんな失敗は繰り返さない。
そうだ、日本に何かともてなされるから和んでしまい、勢いが失われるのだ。いっそ約束をせず不意打で訪れて、日本が驚いている間に玄関先でさっさと気持ちを告げてしまえばいい。後には引けないように。そう考えた俺は、日本の仕事の予定を調べて休みの日を確認し(我が国の諜報能力をナメてはいけない)、出掛けられると困るので午前中に訪ねることにした。うまくいったらそのまま一日ふたりで過ごすのもいいだろう。まあ、うまくいくこと前提なのだが。

そんなわけで今日。上等なスーツにタイ、磨き上げられた靴。朝摘みの真っ赤なイングリッシュローズの花束。よし、どこから見ても完璧な紳士だ、これは日本も惚れる、これは惚れるだろう?!と鏡の前で何度も確認し、妖精たちにもGOサインをもらい、いざ日本の家へ向かった。

花束を持つ手が緊張で震えてきたが、日本が出てきたらすぐに言う、絶対に言う、息をつかす間もなく言う!と心に誓って、玄関前の呼び鈴を押す。ジー、と古めかしい音が鳴っても、なぜか家の主はなかなか出てくる気配がない。留守か。 不安になってもう一度押す。すると、めずらしくバタバタと大きな足音が聞こえて、戸が開けられる。ああ、もう、心臓が飛び出しそうだ。さあ、今だ、勇気を示せ、俺!と顔をあげると、家から出てきたのは………見慣れた金髪、見慣れたメガネ、その奥に光る青い目。それはどこからどう見てもアメリカだった。
「あれ?イギリス?どうしたんだい」
奥から聞こえてきた日本の「アメリカさん、どなたでしたか」という問いに、アメリカが大声で「イギリスだよー」と答える。俺は驚きで、開いた口が閉まらない。ただすぐ渡そうとして前に抱えていた花束だけはとっさに後ろ手に隠した。

続いて「え!イギリスさん!?すみませんすみません少々玄関でおまちください!!!!!」という日本の絶叫が奥の部屋から聞こえてくる。そうするとアメリカはまるで俺が家に入るのを防ぐみたいに、玄関を塞ぐように立った。何でこいつはこう態度がでかいんだ?
しかし、まさかアメリカが来ているとは、俺の計画は早くも崩れ去ってしまった。結局今日もテキトーに世間話して帰ることになんのかな…こんなに気合い入れてきたっていうのに…ああもうこいつ帰ってくんねーかな…と目の前のアメリカを睨みつけると、アメリカの青い瞳と目が合った。
「てか、アメリカ、どうしてお前がこんな朝早く日本の家にいるんだよ。迷惑だろ」
「それはこっちのセリフだよ、イギリス。俺は昨日の夜から日本の家に泊まりに来てたんだからね!きみこそ約束もしてないくせにどうして邪魔しにきたんだい」
「泊まり!?って…おまえ、いったい、日本と何して」
俺だって泊まらせてもらったことなんてずーっと昔の同盟時代の一度きりなのに何なんだお前当然のように!甘えすぎだろ!と怒りかけたとき、奥の部屋から何かを倒す音、日本のちいさい悲鳴が聞こえて来た。
「…おい、日本は奥で一体何やってんだ?」
「あわててキモノを着てるみたいだけど」
「は!?着るって…なんで…」
「…そりゃイギリス、君に見られたくないからだろ」
あわてて服を着るって、見られたくないって、今までお前ら一体何やってたんだ…!
休日の午前中。昨日から泊まり。あわてて服を着る日本。さっきから『邪魔されて』不機嫌なアメリカ。
そこから導きだされるのは、俺にとって最悪の答えしかない。まさか、まさかだけど。
「………お前ら、そういう仲だったのか?」
「えっ?…ああ、そういうことだよ。はは、残念だったね、イギリス」
アメリカは口元だけで笑うと、ポン、と俺の肩を叩いてきた。
嘘だと言ってくれ神様。アメリカと日本が?このメタボ野郎と日本が?この空気読まないバカと日本が?その疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡る。目の前が真っ暗になり、全身の力が抜けるのを感じた。ああ、もう、ここにはいられない。
「なんか…ジャマしたな。俺、帰るよ。」
「イギリス、きみ、日本に用があったんじゃないのかい?」
「…ねーよ。……ただ仕事で香港の家に行くとこだったから寄ってみただけだよ」
どんなに最悪な気分のときでも、この舌は簡単に嘘をつけるのだ。
「へえ。仕事にしちゃずいぶん気合いの入った格好してるね。そのバラも香港用?」
「そーだよっ!悪いか!?」
こいつは普段はまったく気がきかないくせに、こういう時ばかり細かいところをチクチクついてくる。腹が立って、肩に置かれたままのアメリカの手を振り払うと、勢いよく日本の家の扉を閉めてやった。

飛び出すように日本の家の門を出て、閑静な住宅街を歩いていく。ああ、あいつらがそんな仲だなんて、本当に知らなかった。そんな雰囲気全然なかったのに。俺に隠してたってわけか。最近日本といい感じだと思ってたのは、すべて俺の勘違いだったのか。日本は単に「おつきあいしてるアメリカさんのお兄さんだから愛想よくしなきゃいけませんね」くらいの気持ちで俺を扱っていたのかもしれない。アメリカは影で俺を笑ってたかもしれない。それなのにひとりで盛り上がったりして。そう思うと目の奥がじんわりと熱くなってきた。泣きたい。思い切り泣いてしまいたい。でもまだ日本の家が近いから、ここじゃだめだ。まだ泣いちゃだめだ。さっきよりもずっと重たく感じる花束をグッと握りしめると、歩みを早めた。

こーなったら香港の家で胸焼けするまで月餅食ってやるんだからな!




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「ど、どうしてイギリスさん帰ってしまわれたんですか…!」
慌てて玄関に出てきた日本は、紺色の着物姿で、さっきまでのTシャツ・ジャージ・メガネ・ボサ髪姿とはまったく違う、清楚な和服美人だ。まったく、コスプレで鍛えたんだか何だか知らないけど、きみの早変わり術には恐れ入るよ。
「日本が出て来るのが遅いからだよ」
「私が来るまで引き止めてくださればよかったのに!」
「やなこった。そもそも、いったい何してたんだい」
「着替えと、部屋の片付けを…」
「そのままの姿をイギリスに見せればよかったのに」
「あんなだらしのない姿をイギリスさんに見せられるわけがないでしょう!」
じゃあ俺ならそんな姿を見せてもいいのかい、と思うが、それは嬉しい理由じゃないとわかっているから敢えて聞かない。
「だいたい、イギリスは仕事で香港の家に行くついでにちょっと寄ってみただけだっていってたよ。別に用はないって」
「そうだったんですか……でも、いつもきっちり連絡してくるイギリスさんが用もないのにふらりと立ち寄ってくださるなんて、これはもしかして何かのフラグでしょうか……特に最近いい感じでしたからね……ふふ……」
さっきまでやっていたギャルゲーに例えたのか、日本が頬を染める。勝手な妄想でひとりで盛り上がられるのは気分がいいものじゃない。
「さあね。あ、でも、日本、イギリスから毎回もらうバラは恋愛フラグじゃないかってこないだ言ってたけど、今日はイギリス、バラを香港にやるんだって言ってたよ!」
「えっ!」
「誰にでもあげてるんじゃないかな」
「そ、そんな…」
うつむいた日本の顔は流れる黒髪に隠れて表情はわからないけど、落ち込んでいるのは確かだ。こんなことで落ち込むなんて、日本も簡単だなぁ。世界はゲームみたいに攻略法が決まってるわけじゃないのに。
「イギリスの話なんかどうでもいいよ。それより日本、ゲームの続きしようよ!」
「それが…イギリスさんの訪問にあまりに慌てたので、すべてコンセント引っこ抜いて、押し入れに投げ込んでしまいました」
「なんだって?じゃあセーブもしてないのかい?」
日本がうなずく。だいたいイギリスが来たとき俺が玄関に出て行ったのも、日本がコントローラーから手が離せないって理由だったのに、そんな簡単に投げ出してしまうなんて。さっきまでふたりでくつろいでいた客間を見に行くと、確かにゲーム機も、昨日の夜からここで徹夜でゲームしていたため床一面に散乱していたはずのスナック菓子、マンガ、雑誌も、きれいになくなっている。一体どんな忍術を使ったんだ!
「ああ…もう何もかも面倒くさくなりました…イギリスさん…」
見かけ上はきれいになった畳の上に、日本はズルズルと座り込む。イギリスのどこがそんなにいいのか、俺にはわからないね。それより目の前にいる俺の相手のほうが大事じゃないのかい。もっと俺のわがままもきいてくれよ。
「ねえ日本、お腹空いたよ。何か作ってよ」
「…今日はもう何もしたくありません。コンビニでお好きな弁当でも買って来てください。ほらお代は差し上げますから。私は疲れたのですこし寝ます。ああもう…」
と、懐の財布から千円札を一枚出して俺に渡し、日本は押し入れを開けて座布団をずるずると取り出した。それにつられてさっき無理に押し込んだらしい雑誌や菓子の袋もぼろぼろと出てきたが、構わず日本は座布団を枕にするとそのまま横になってしまった。だらしないにもほどがあるね。それに、これはなんだか、俺に対する扱いがひどすぎないかい、日本?

さっきのイギリスが嘘をついてることは明白だったけど、そんなことも、イギリスが今ごろ俺達の仲を勘違いして落ち込んでることも、言ってやるもんか。ヒーローらしくないって? ヒーローはこんな小さな問題にかまけてるヒマはないんだよ。日本、だいたい、俺を軽んじてる君が悪いんだからね!






つづきっぽいのはこちら



Jan.30.2009