この目はあまりに夢の見すぎで悪くなった




「思ったんだけど、ひょっとして、日本って、俺のこと好きなのかな」
うららかな、春の午後の、ティータイム。イギリスがそんなことを素直に相談できる相手は他にいなかった。彼女は、おしゃべりが好きで、人の噂好きで、色恋沙汰が好きで、虹色の羽が背中にぴんとはえていて、きらきら光る粉を振り撒きながら自宅内を飛びまわる、妖精の一人だ。身長は15センチくらいしかないのだが、この古い屋敷にずっと昔からいる顔なじみであるため、イギリスもずいぶん気楽に話すことができる。
「にほん?誰?」
彼女は自分の半分の大きさはありそうなチョコレートファッジをかじりながら聞く。それは言わば相談料というか、お供え物と呼ぶべきか、そのためにイギリスが作ったものだった。
「100年くらい前に同盟組んでた国だよ。アジア人で、背が低い男。ずーっと前にうちにも一度来たことあるからお前もみたことあるんじゃねーかな」
「だらっとした服を着たひと?」
「それかも。最近はあんまり民族衣装は着ていないみたいだけどな」
「覚えてるわ。髪も目も黒くて、静かで大人しいひとね?」
「あー、100パーセントそいつだな」
「アーサー、男に好かれてるの?」
彼女はイギリスを国名でなく通称で呼ぶ。
「わかんねーけど最近会議中にすげー目があうんだよ。目があったらあったでばっとそらされるし。そんで昨日の会議中に、試しにしばらく見つめてみたら、うつむいて耳まで赤くなっちまってさ。会議終わったあと、普段はちょっと話したりもするんだけど、昨日はそばに寄ろうとしたらすごい勢いで逃げてったし。なんか調子狂うんだよな」
それだけで好きというのも短絡的かもしれないが、あの赤くなった顔は、イギリスにはどうしてもそういうことを意識した顔にしか見えなかった。
「ふーん。なんだかよくわからないわね。でもどうして今更アーサーを好きになるのかしら、100年前のほうがずっと仲よかったんじゃないの」
「それがわかんねーんだよな…確かに去年は国交150周年でけっこう交流があったけど、別にそんな雰囲気があったわけでもないし」
ひたすら仕事の用件で会っていた記憶しかないし、ふたりきりでいたというのも、会議の休憩時間とか、その程度であったはずだ。その間も特に重要な会話があった覚えはなく、他愛のない世間話しかなかった。
「でも日本のほうでは何かきっかけがあったのかもしれないわね。二人で出かけたりはしたの?」
「は?二人で?してねーよ」
「誘われたりはしてないの?」
「いや、あいつ、すっごいシャイっていうか、謙遜がひどすぎて自虐的っていうか。会議でも全然自分の意見いわねーし。日本も昔はもうちょっと骨があったんだけど、最近全然ダメだな。よりによってアメリカの、あのメタボ野郎の言いなりなんだよ」
日本とアメリカの関係を思い出すと、毎回会議で文句を言うスイスほどではないが、イギリスの中にも納得いかないものがあった。イギリスが日本と話そうとすると、いつもアメリカは『何の話だい!』とあいだに入ろうとしてくる。ガキのくせに、保護者顔しやがって。
「ふうん。変な人ね。じゃあ日本はアメリカから付き合えって言われたら付き合うのかしら」
「はは、なんだそれ。ありえねーだろ」
笑ってありえないと言ったものの、妖精の戯れ言をそのまま想像するとゾッとするものがあった。日本は断らないような気がする。いつもの平然とした顔で「アメリカさんがしたいのでしたら、いいですよ」などとのたまいそうな気がする。
「わからないわよ」
「いや、でもあいつらにそういう雰囲気ないし」
「そう言い切れるかしら。でもまあ、シャイってことなら、日本はたとえアーサーのことが好きでも、告白もしないでずっと黙ってるつもりなのかもしれないわね」
「そーかもな」
イギリスは、何か言いたげにしながらもじっと押し黙っている日本を想像した。彼は苦しみも悲しみも一人自分のうちにだけ秘めるタイプなのだろう。そういう姿を見るのは、
「なんだか寂しいわね、そういうの」
「寂しい?」
イギリスはちょうど自分の気持ちを言い当てられたようで、どきりとした。
「寂しいわよ。せっかく好きになっても、秘めてるだけなんて、寂しいし、かわいそうだわ」
「でもあいつはそーいうやつなんだよ」
そうだ、自分から言えないなら、仕方ないのだ。そのくせ、しぐさや目が語るのがいけない。
「じゃあ今度アーサーから誘ってあげたらいいんじゃないの?」
「なんでだよ」
「自分から声がかけられないところに、好きな人から誘われたら最高に嬉しいでしょ」
「そりゃそーだけど」
「そこで恋の話でもして反応をみてみたら?まだ日本が本当にアーサーのことが好きか確定したわけじゃないし」
「そーだな、試してみるか。気になるし」
別に会議のあとに飯食って帰るくらいなら、誘ってもおかしくはないだろう。普段はわかりにくい表情でも、ふたりきりなら、ひょっとしたらとびきりの笑顔が見られるかもしれない。いや、これは、単に俺の疑問を解消するためというか、単につらそうな日本を見るのが不快だというか、とにかく日本を喜ばそうというのではない。断じてない。イギリスは心の中で復唱する。
「もし雰囲気がよかったら日本も勇気を出して何かいいだせるかもしれないしね」
「ちょっと待てよ、もし日本が勇気だして告白してきたら俺はどうしたらいいんだよ」
日本からの告白。普段の姿からはまったく想像がつかなかったが、ときどき溜め込みすぎでキレたりするという噂もあるから、ありえない話ではない。しかしあいつはそういう場合なんて言うんだろう。やはりまどろっこしい言い回しをするのだろうか。
「そしたらつきあっちゃえばいーんじゃないの?」
「無責任なこというなよ、日本はそりゃ背は低いし細いけど、ちゃんと男だぜ」
「だってアーサーずっと恋人いないじゃない」
「言っとくけど、別に女にモテないわけじゃねーからな。普通に人間と付き合うのはどーかと思ってるだけだよ。国だと女はすくねーし」
あらためて現在の状況を自分で説明すると、なんだか虚しいものがある。これではずっと恋人などできないではないか。そしたら日本が相手でも別にいいのかもな、などという考えがイギリスの脳裏をちらりと掠める。
「もし日本とそうなっても、うまくいくんじゃないかと、あたしは思うわ。カンだけど。けっこう共通点もあるんじゃない?確か、アーサーと同じ島国で、王室があって、歴史も古いんでしょう?」
「よく知ってるな」
「今話してて思い出したのよ、そういえば去年はアーサー、ずいぶん日本の話をしていたわ」




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