LOVESTRUCK ROMEOS2





 到着まではけっこうかかった。連れてかれたのは公園みたいなところで、他にも桜を見に来ているやつが山ほどいて、木の下に集まって酒を飲んでるやつもたくさんいた。日本は毎年ここに来るらしく、今年も桜の季節に来れてよかったです、と微笑んだ。
 地面に向かって垂れた、大振りの枝の下に立って見上げると、空は無数の花に埋め尽くされてしまう。めまいがしそうな光景だった。確かに、これはすごい。うちに咲いてる桜より、妙な迫力を感じる。単に枝ぶりや樹齢だけの違いではない、語りかけてきそうな、飲みこまれそうな、何かがある。
 俺がそんなことを考えながら空を見上げていると、横にいて桜を眺めているものと思っていた日本が、俺の様子をちらちらとうかがってるのに気がついた。そうだよな、わざわざ誘って自分の好きなとこに連れてきたからには、相手がどう思うかは気になるところだろう。
 俺が日本のほうに向きなおって、「見事だな」とひとこと言うと、日本は自分のことを言われたかのように頬を染めて、「ありがとうございます」と言った。まあ、こいつが国を体現している以上、ある意味「自分のこと」なのかもしれない。この桜も、春の風も。そこの茶屋からただよう甘ったるい蜜の匂いも。
 でも、もし、このすべての桜の花までもが、ある意味日本なんだったら、この花はみんな俺のことが好きなんだろうか。そう思ったのは、アメリカとかに言ったらさぞかしバカにされるんだろうけど、さっきから日本が黙っているあいだも、俺はずっと誰かに何かを語りかけられているような気がしてならなかったからだ。語りかけるといっても、明確な言葉じゃなく、色で表わすなら、それこそ、この花のような、淡いピンク色をした感情だ。その心地よさは、いくら語り手と内容が不明確でも、つい、ああ、俺もだ、俺もそうだよ、まったく同じようにお前のことを思うよ、と答えたくなるほどだった。だからきっとこれは花の妖精たちが俺に……いや、この考えはここらでやめにしておこう。もしこういう考えをアメリカとかが聞いたら、俺を病院送りにするかもしれねえしな…。頭の。


 そのあと桜の下で弁当を食べて(異様に種類が多かった。何時起きしたんだ、こいつ。もちろん味は文句なくうまかった)、移動してはまた別の公園で桜を眺めたりしていたら、いつの間にか日が傾いていた。
 日本が腕時計を見て、「さて、そろそろ行きましょうか」と言ったとき、ピンク色の視界と春の気候のせいですっかりほのぼのしてしまった俺は今朝考えていたことを急に思い出した。そうだ。行きましょうと言っても、今日がこれだけで終わるはずがない。
 これから行くって、おまえの家?それとも俺の家?…もしくはどっか違うとこ?どうしようもない期待で背筋がザワッとする。
「あ、もちろん、帰りも家までお送りしますから」
 …てことは、俺の家か。そうか。一応、片づけておいてよかった。ちなみに客室のも俺のベッドも、今朝シーツを替えておいた。使うかわかんねえけどな。

 歩きまわった疲れもあって、乗り込んだ車の中では、会話はそんなに多くならない。でもこれは嫌な沈黙ではない。ただ、こんな近距離で、ふたりきりで、ずっと黙ったままだと、俺は妙な期待に押しつぶされて、ますます想像をめぐらせるようになってしまった。
 気を紛らわすために日本に「あ、途中でどっか寄って、なんか買ってくか?」と聞いてみたら、まっすぐ前を見て運転していた日本は「え?」と言って一瞬横目でこっちを見て、不思議そうな顔をした。
「いや、その……俺ん家来るだろ?」
 俺がそういうと、日本はああー、と間延びした声を出して、目を細めた。
「あー…あの、すみませんが、私、明日仕事で朝早くて」
「……」
「あ、もちろん、ご自宅まで送らせてはいただきますけど、今夜はちょっとゆっくりできないので」「どうしようかと思ったんですけど、でも来週にしてしまったら花が散ってしまうので」「どうしても今日お誘いしたかったので」「せっかく寄らせていただくなら今日よりゆっくりできるときがいいかと思いますし」「そういえばぽちくんも他の方に世話を頼まずに家に残してきてしまいましたし」
 黙ったままの俺の様子を感じ取ったのか、日本は焦った様子でつらつらと言い訳を並べ始めた。いや…そりゃ、仕事じゃしょうがない。ヒステリックなガールフレンドみたいに「仕事と私とどっちが大事なのよ!」だなんて言う気もないし。
 そうだよ、だいたい、冷静になってみれば、日本は車の中で発情するような奴じゃねえよな…なんであんなこと考えたんだ俺。馬鹿みてぇだな。馬鹿かよっぽど溜まってるかのどっちかだ。
 それに、そういう展開なら別に今日でなくたって、また来週約束して会えばいい。今の俺たちは、時間ならいくらだってある。焦る必要なんかない。日本の言う通り、ゆっくりできたほうがいいのは当たり前だ。今日は桜が見れて、それで十分だ。そうだ。
 …でも、俺は。俺の気持ちは。



「…ちょっとそこの道、入れ」
「え?ここですか?どこか寄りますか?」
 脇道を入って行くと、人気の少ない、私有地でちょっとした林のような場所にでた。なかなか理想的だ。
「ここで止めてくれ」
「どうしましたか?…あ、酔いましたか?」
 日本は車を止めると、私の運転乱暴でしたか、と心配そうに言った。乱暴なもんか、丁寧すぎて、物足りないくらいだ。いっそもっと強く乱暴にしてくれたっていい。俺はため息をつくと、シートベルトを外した。それから日本のほうを向き、覆いかぶさるようにして、右手は日本の肩に、左手はドアロックを隠すようにして伸ばした。さすがに車外に逃げないとは思うが、もし逃げられたらショックだ。近距離で目をしっかり見つめたら、突然の接近にただ驚いていた日本もさすがに空気を感じ取ったらしく、目に不安そうな色が宿り、すこし顎を引いた。
 そのままキスしようとしたら微妙に逃げられて、不満を伝えるように耳を引っ張ってやったら日本は「外から見えるじゃないですか」と小声で言った。
「誰もいねぇよ」
「いつ誰が来るかわかりませんよ」
「来たらやめる。それに、明日早いんならすぐ終わらせるから」
「すぐって…何を」
 頬に一回キスしてから、日本のベルトに手をかけたら、「いや、それはちょっと…!」と日本に両手で上から押さえられた。
「お前は何もしなくていい、俺がやるだけだから」
「え、ちょっ、待ってください!何する気ですか!ほんとに、外から見えますし!」
「のぞきこまない限り見えねえよ」
「のぞきこまない限り…って、だから、何する気ですか!」
 何する気かって、そりゃ時間ないんだから短時間で済むようなことに決まってるんだが、はっきり口に出したらそれはそれで日本は嫌がりそうだ。なのでその質問には答えず、抵抗されながらもどうにか日本のベルトを抜いた。でも次にトラウザーズに手をかけようとした俺の手は、日本によって両方ともしっかり防がれてしまった。
「いや、やめましょう、あの、ほんとに、お風呂はいらないと汚いですし」
「俺は気にしない」
「私が気にします。イギリスさんにそんなことさせられません」
「俺が気にしないならいいだろ」
 俺がやるって言ってんだから、黙ってやらせりゃいいのに。お前だって多少この状況に恥ずかしさはあるとしても、欲望がゼロってわけじゃないんだろうから。なのに、「自分が汚い」とか「そんなことさせられない」だなんて、お前の中で俺は一体どんな存在なんだ。そして、そうやって大切にされるだけじゃ足りないとか、もっと強く、好き勝手してほしいとか思ってしまう俺は本当にわがままだ。ごめんな。でも直んねえよ。俺は日本の頭を引き寄せて、耳の上あたりにキスして、顔をまた正面からのぞきこんだ。

「…じゃあ、咥えたりしねえから、手ですんなら別に気にならないだろ?」
「く、くわえるつもりだったんですか、いえ、その、手だけといってもやっぱり、あの!」
「ほら、早く」
「それでもやっぱり駄目です、私ちょっと色々とあって」
「お前は何もしなくていいし、すぐ終わるから、明日の仕事には影響ねえよ」
「いえ、それとは別に」
「他にも何かあんのかよ」
「ええと…」
 日本は下を向いて黙った。それは、断る理由を無理に作ってるというよりは、本当に何か言いにくいことがあるような様子だった。
「なんといったらいいのか…………下着が」
「下着がどうしたんだ」
「いえ、別に何でもありませんが、ちょっと…」
「見られたくないのか?」
「ええと…はい、あの、私、その、こういうことがあるとは全然思ってなくて」

 そうか。そんなもんか。朝からお前とそういうことできるんじゃないかと期待してたのは俺だけか。お前が俺を女と比べるんじゃないかと思ってひやひやしてたのは俺だけか。お前の頭の中はただあのピンクの花でいっぱいだったわけだ。そうか。
 そう思うとちょっと悲しくなってきて、日本をもっと困らせてやりたくなってきて、あとは「見られたくない」と言われると逆に気になる、っていう気持ちも出てきた。見られたくないって、恥ずかしいのか?こんなに服には気合い入れてるのに、そこだけ気が抜けてるとか?どっかのクラウツ野郎みたいに古くて穴開いてるとか?もしくは変な形とか変な柄とか?こんな細身の服なんだからフンドシってわけじゃないよな?

「…見せろよ」
「…何をですか?」
「だから、下着」
「い、嫌です!今嫌って言ったばかりじゃないですか!」
「じゃあ見せてくれたら今日は他には何もしないから、見せてくれ」
「それでも無理です」
 交換条件を出しても、日本は「だいたい、何かするとしても結局見せることになるじゃないですか」と言って、だまされてくれなかった。脱がせようとする俺の手を日本がつかんで、絡めた手で互いに押し合ったまま、均衡状態が続く。この手のつなぎ方そのものは状況さえ違えば結構甘ったるいものなんだが、日本はぎゅっと力を込めたまま、あきらめようとしない。
 状況を打開しようと、試しにそれまでずっと押していた手を急に引いてみたら、うまい具合に俺の肘がハンドルに当たって、クラクションが派手に鳴った。その音に日本が驚いて、一瞬手の力が抜けた隙に、またトラウザーズに手をかけた。日本はやめてくださいと言って今度は膝で抵抗してきたが、それはうまいことよけられた。ずり下げたところから、最初はちらっと赤い何かが見えた。おい、赤かよ。これは下着だけ気合い入れてないっていうより、「気合いいれすぎて恥ずかしい」ってやつか、こういうことがあるって期待してなかったなんて嘘だろ?完全に勝負用だろ。ちくしょう、やっぱかわいいなお前、と思いながらそのままずりさげた。

 赤いと思ったのはごく一部で、そのあと見えたのは、青に、白のライン、なんだか見たことのある柄だ。っていうか見たことあるっていうレベルじゃねえな、これ。
「おい、日本、これ」
「すみません…」
「いや、謝る必要はねえけど…」
「すみません…」
「ただ、びっくりしたっていうか」
「すみません…」
「なんか…無理に脱がせて悪かったな、俺もこういうことだとは思わなくて」
「すみません…」
 だめだ。すっかり首をうなだれて完全に謝罪マシーンになってる。頭を撫でてみたが、日本は俺の手を振り払うようにゆっくり首を振って、消えそうな声で
「服を買いに行った際に、デパートで見つけてしまって…つい…出来心で…すみません…浮かれてました…」
と言い訳を続けた。いや、でも、これは今朝の服のことも然り、俺に見せたくないというより、むしろ見せるためのものじゃないのか?あんなに見られたくないとか、おかしいだろ? 驚きによる衝撃がすこしおさまったら、うなだれて身を縮めている日本と、トラウザーズから半端に見えているユニオンジャックが妙に間抜けで、抱きしめたくなった。
「謝るようなことじゃねえだろ」
「いえ、でも、私のこんなところにイギリスさんの象徴を…」
「全然怒ってねえし」
「いえ、調子に乗りました」
「それより、そういうことでいいんだよな」
「え?」
 日本は目を丸くして俺を見た。もういっぱいいっぱいなのか、すこしだけ涙ぐんでる。
「つまり、今日は英国領ってことでいいんだろ?」
 そこ、と俺は言った。



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